で、十六日に今度は千駄木《せんだぎ》の宅の方へ暇乞《いとまごい》に寄りましたら、もう出立したとのことでした。誰にも時間は知らせないのでしょう。「おかしなことをするのですね」と申しましたが、私は産前でしたから、一切外出しないのでした。
三十三年一月に兄から母へ寄せた手紙の一節に、「小金井氏財政の事ども承知いたし候」とあり、「当郡病院長澄川といふもの参り話に小金井は咯血《かっけつ》したり云々《うんぬん》と東京より申来《もうしきたり》との事に候。尤《もっとも》咯血したりとて必ず死すとも限らねど或《あるい》は先日|腫物《はれもの》云々の報知ありしころの事にはあらずやなど存じ候。秘し居るにはあらずやなど存じ候、いかゞ」とあります。
この手紙も母が持って来て見せられました。主人は腰の辺に俗にいう根太《ねぶと》の大きなのが次々に出来て、そのために熱も出たのでした。私はそんな手紙は出しませんが、細大漏らさずにいい送る母から聞かれたのでしょう。案じて下さる御親切は喜びながらも、母と二人で笑ったのでした。咯血は主人の教室にいる若い助教授のことでした。その人は耶蘇《ヤソ》信者でしたが、短命で亡くなられま
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