せば、儒を聞きて儒を疑ひ、仏を聞きて仏を疑ひても好《よ》し。疑へばいつか其《その》疑の解くることあり、それが道がわかるといふものに候。道がわかればいはゆる家事が非常に愉快なる、非常に大切なることとなる筈《はず》に候。又芸に秀づる人は、譬《たと》へば花ばかり咲く草木の如し。松柏《しょうはく》などは花は無きに同じ。されど松柏を劣れりとはすべからず候。何でもおのれの目前の地位に処する手段を工夫せねばならぬものに候。小生なども道の事をば修行中なれば、矢張《やはり》おきみさん同様の迷もをりをり生じ候へども、決して其迷を増長せしめず候。迷といふも悪《あ》しき事といふにはあらず。小生なども学問力量さまで目上なりともおもはぬ小池局長の据ゑてくるる処にすわり、働かせてくるる事を働きて、其間の一挙一動を馬鹿なこととも思はず無駄とも思はぬやうに考へ居り候へば、おきみさんとても姑に事《つか》へ子を育つることを無駄のやうに思ひてはならぬ事と存候。それが無駄ならば、生きて世にあるも無駄なるべく候。生きて世にあるを無駄とする哲学もあれど、その辺の得失は寸紙に尽しがたく候。ここに方便を申せば、おきみさんは名誉を重《お
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