その中で私が一番大切に思うのは、兄が小倉や戦地から寄越された長い長い手紙です。小倉在勤は明治三十二年六月から三十五年三月まででしたから、随分古いものなのです。
 それらの手紙を、どんなにか忙しい中から書いて下すったのだろうと思うと、当時の私の無遠慮と無智とが顧みられて、顔が赤らみます。その頃は主人の健康も勝《すぐ》れず、子供も四人いまして、前途のこと、経済上のこと、その他何かと心を苦しめていたのでした。思ってはならぬ、いってはならぬと承知していることまでも、子供らの寝静まった夜などに、書きに書いては送ったのでした。読む人が何と思うかなどということは考えもしませんかった。ただ兄に手紙を書くということが、私の慰安なのでした。その寂しさに甘えた心持だったのでしょう。
 その頃は森の母も頻《しき》りに手紙を書かれたようでした。母は面白い人で、「私は字のお稽古《けいこ》をしないのだから」と、書いたのを決してお見せになりませんでした。小倉との手紙の往復の始ったばかりの頃でしょう。母に向って、「お兄さんは随分だと思うよ。私が送った手紙の仮名遣《かなづかい》などを、朱で直して寄越されたのでがっかりした
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