しご》をかけて、登って行って捲《ま》くのだとか聞きました。
 上条の下宿人は、大抵学生さんですから、昼間は皆留守で静かです。祖母は一心に裁縫していられます。次から次と千住から持って来られるので、仕事の絶えたことがありません。裁縫が切りになりますと、買物に連れて行って下さいます。私は大喜びで、お河童《かっぱ》の頭を振り振り附いて行きます。賄《まかない》の菜の外に、何か兄の口に合う物をというのですが、つい海苔《のり》、佃煮《つくだに》、玉子などということになるのでした。
 下宿を出て右へ行くと、間もなく大学の境を離れて無縁坂です。坂の下り口の左側に小店や小家が並んでいる中に、綺麗な家の一軒あるのは妾宅《しょうたく》だということでした。化粧した美しい女が、いつも窓から外を眺めているという、学生たちの噂《うわさ》でした。或《ある》学生さんが買物をするとて、お札を剥出《むきだ》しに掴《つか》んで、そこの窓の方を見ぬようにして通り過ぎたのですが、気が附いたらその札がありません。人通りの少いところだから、その辺にきっとあるとは思うけれど、またその窓の前を探しながら通りたくないので、ぐずぐずしている間
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