やまがた》公へ申上げたら、お喜びになって、「力を添えよう」とおっしゃいました。その集りをした因縁で、常磐会という会の名を兄が附けました。
私にはその方が似合《ふさ》わしいからといわれますので、おりおりは出詠しました。最初の題は故郷薄《ふるさとすすき》、初雁《はつかり》というのでした。
「何とお詠みになりました」と伺いましたら、四、五首ずつおっしゃいましたが、初雁の方で、「雁今|来《きた》る」といわれましたから、私は笑って、「それだけで後はなくっても聞えますね」と申しましたら、「ほんとだ」と、大きな声でお笑いになりました。
何しろ非常にお忙しいので、ちょっとの暇にお詠みになるのでしたが、御自分が首唱なすったためでもありましょうか、随分多くお作りになったようです。選者は五人でしたが、だんだん変りました。井上、鎌田、大口、須川、佐佐木の諸氏など、かなり続いたようでした。小出翁もいられましたが、亡くなられました。
月ごとの歌題は葉書で通知がありました。選歌の載る『たづ園』という雑誌も送っていただいておりました。
『たづ園』は広島県|沼隈《ぬまくま》郡|草戸《くさど》村の小林重道という人が
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