くもないからと、曙町に地所を見附けて移りました。鶏声《けいせい》が窪《くぼ》といわれた坂上で五百坪ばかり、梅林や大きな栗の木があり、通りかかった人が老松の生繁《おいしげ》ったのを見て東海道の松並木のようだといいました。土井の邸跡で、借地なのです。向い側は広い馬場でした。昔将軍がお鷹野《たかの》のお小休に、食後の箸《はし》を落されたといういい伝えで、二本の大杉が鬱蒼《うっそう》とそそり立っていて、遠く白山坂上からも見えました。朝など雉子《きじ》の鳴く声がします。夜は梟《ふくろう》の声があちこちにします。家は歪《ゆが》みかかって支柱のある小さな古家でしたが、水がよいのと、静かなのとを主人が喜んで極めたのでした。
住いが近くなったので、団子坂への往《ゆ》き来《き》が繁くなります。観潮楼の広い二階は書斎と客室とになって、金屏風《きんびょうぶ》が一双引いてありました。これも母の趣味なのです。そこで「雲中語」などの合評会が開かれ、後には歌会も催されました。
或時お兄様が、「今度の歌会に石という題があるが、お前も詠んで見ないか」とおっしゃいました。
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千曳《ちびき》の石胸に
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