て、裏隣の地所もいつか譲受《ゆずりう》ける下約束もしたのです。そこは小家ながら茶がかった室もあり、古びてもしっかりした土蔵が附いていました。質屋の隠居の住いだったのです。後に修繕して、そこに兄の蔵書が納められました。
建増《たてまし》をするために、今まで住んだ千住から大工を連れて来たり、売買の仲介をした坂下の千樹園というのに、狭い庭の設計などをさせました。それは母が引受けたのです。兄も暇の時には、引入れた臥牛《ねうし》のような石に腰を掛けたり、位置を考えて据えつけた蹲《つくば》いの水をかえたりなどなさるのでした。少し落ちついてから、私は子供を連れて、父の部屋にした四畳半の茶室に行って見ましたら、松の鉢植や、鳥籠などを置いて、薄茶を立てていられました。連れて行った子が指《ゆびさ》すのを見ますと、蜀山人《しょくさんじん》の小さな戯画の額で、福禄寿《ふくろくじゅ》の長い頭の頂へ梯子《はしご》をかけて、「富貴天にありとしいへば大空へ梯子をかけて取らむとぞ思ふ」としてありました。主人の小金井は額は嫌いなので、子供は見附けないのでした。
「あれはどういうのですか。」
「前の人が置いて行ったのだ。
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