を聳《そばだ》てて、飽く時なく聞いていたのでした。
 兄は間もなく、俗に太田の原という処に移りましたが、そこは暫くの仮住いでした。後に夏目漱石《なつめそうせき》氏の住まわれた家なのです。それから団子坂に移りました。それまで千住で郡医などをしていた父は年も老いたので、兄と一緒に住むためにと、父母連れ立って地所を探して歩いた時、団子坂の崖上《がけうえ》の地所が目に止ったのです。団子坂はその頃流行の菊人形で、秋一しきりは盛んな人出でしたので、父も人に誘われて見に来たこともありましたし、近くに「ばら新」という、有名な植木屋のあるのも知っていたのです。その地所には板葺《いたぶき》の小屋が建っていました。そこに立ちますと、団子坂から、蛍の名所であった蛍沢や、水田などを隔てて、遥《はる》かに上野|谷中《やなか》の森が見渡され、右手には茫々《ぼうぼう》とした人家の海のあなた雲煙の果に、品川《しながわ》の海も見えるのでした。その眺望に引きつけられて、幾度も来て見るごとにいよいよ気に入ったので、近い平坦《へいたん》な太田の原から、兄を連れて来て取極《とりき》めたのでした。細長い地所でしたが、持主に懸けあっ
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