氏などにお目にかかりました。裏の窓から少し離れた二階家に、たしか大沼枕山《おおぬまちんざん》という方が患っていられました。体が御不自由の御様子で、附添《つきそい》の人の動作がよく見えます。戸が皆開け放されているので見通しです。いつもお出になる賀古《かこ》さんは顔を顰《しか》めて、「あんなになりたくないなあ」といわれましたが、後年お望どおり突然ともいうべき御容体で、御自分はお亡くなりになりました。
 或時お兄《に》い様《さま》は風邪気《かぜけ》だといって寝ていらっしゃいました。下のお部屋です。そっと顔を出して、「いかがです」といいましたら、目くばせをなさるので、その方を見ますと、鳩が二羽来ています。こんな狭い庭にと思いましたが、清水堂からでも下りたのでしょう。じっと見ていらっしゃるので、手近にあった筆をとって、
[#ここから3字下げ]
鳩ふたつあさりて遊ぶ落椿《おちつばき》
    あかき点うつ夕ぐれの庭
[#ここで字下げ終わり]
と懐紙に書つけて「ただこと歌でつまらないでしょう」といいましたら、「このお茶と同じだね」と仰しゃいました。そこにあったお茶はさめて、色も香もないのでしたから、
前へ 次へ
全292ページ中153ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小金井 喜美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング