、土地を離れたらどうなるやらと、この子もいる事ですから、こんな手狭《てぜま》なのに送ってもらいました。」
「さぞかしお荷造《にづくり》が大変でございましたでしょう。皆よくわかった人たちばかりで、悪い事などいたしますまいに。」
「いいえ、そうでもございません。或朝ふと気がつきますと、金蒔絵《きんまきえ》の重箱が、紐《ひも》で縛って蔵の二階の窓から、途中まで下《おろ》しかけてありました。きっと明るくなったので止《や》めたのでしょう。」
御後室は、にっこりお笑いになりました。人の心のとかく落附《おちつ》かぬ頃、御主人はお亡くなりで、よくお世話する人もなかったのでしょう。その頃御本家では、葵《あおい》の御紋を附けていられた夫人がお亡くなりで、お子様もなく、寡居《かきょ》しておられました。藩出身で今は然《しか》るべき地位にある人が、「ちょうどお似合に思われるから、お後添《のちぞえ》に遊ばしたら」とお勧めしたそうでしたが御承知にならず、あや子様は何かと人の口がうるさいからと、丈《たけ》なす黒髪を切っておしまいになりました。お年は十九なのでした。誰も惜《おし》まぬ人はありません。その小さいお姫様を
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