すぐそこが軽焼屋のお店です。」
毎日学校で席を並べていても、お家などは知らなかったのです。後に上野広小路にお店が出来て、帳場に坐っていた丸髷《まるまげ》のおかみさんがその人でした。
小橋の方へ帰りますと一杯の人だかりで、高い声が聞え、三味線の音がしています。
「ああデロレンですね」と、定はいいました。どこか近くに奉公していたと見えて、何でもよく知っています。
細い流のある辺に高い台を拵えて、男が頻りに語っているのは、宮本武蔵《みやもとむさし》の試合か何かのようでした。傍の女の三味線は、そのつなぎに弾くだけで、折々|疳走《かんばし》った懸声《かけごえ》をします。集った人たちが笑ったりするのは、何かおかしなことでもいうのでしょう。
遅くなるから、大抵にして帰りましたが、目を円くしてその話をしましたら、ちょうど土曜日で、本郷から来ていたお兄さんが笑って、「五十稲荷《ごとおいなり》の縁日へでも連れて行ったら、目を廻すよ」といわれました。けれどもその名高い縁日は見ませんでした。五日と十日とがその日だったのでしょう。
或日玄関に人が来て、書生さんといつまでも、話をしています。気短かな書生
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