ろうから、今少し出這入《ではいり》のよい場所を探したらと止めてもお聴きにならないで、とうとうそこになったのです。庭の正面に大きな笠松の枝が低く垂下《たれさが》って、添杭《そえぐい》がしてあって、下の雪見灯籠《ゆきみどうろう》に被っています。松の根元には美しい篠《ささ》が一面に生《お》い茂っていました。その傍に三坪ほどの菖蒲畑があって、引越した時はちょうど花盛りでした。紫や白の花が叢《むら》がって咲いていましたので、お母様が荷物を片附ける手を休めて、「まあ綺麗ですね」と、思わずおいいになると、お父様は、それ見ろとでもいいたそうに、笑って立っていられました。
門前には大きな柳があり、這入った右側は梅林でした。梅林の奥に掘井戸があります。向島は湿地で、一体に井戸が浅いのですが、それでも水はよいのでした。お父様はお茶がお好きなので、水のよいというのをお喜びです。その井戸に被さるようになった百日紅《さるすべり》の大木があるのが私には珍しくて、曲った幹のつるつるしたのを撫《な》でて見ました。庭と井戸との境には低い竹の垣根があって、見馴《みな》れない蔓《つる》がからんでいますのを、「これは何でしょ
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