後國男鹿半島眞山々中 (若林勝邦氏報)
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是等《これら》石鏃《せきぞく》は鳥獸獵の際《さい》射損《ゐそん》じて地に落《を》ちたるものなるべく、其存在の事實《じじつ》は、如何にコロボックルが鳥獸|捕獲《ほくわく》の爲め高山に登りし事有るかを告ぐるものたり。
矢は如何なる物の内《うち》に入れ置《おき》きしか詳《つまびらか》ならざれど、獸皮《じゆうひ》或は木質《もくしつ》を以て作りたる一種の矢筒《やづつ》有《あ》りしは疑無《うたがいな》からん。石鏃《せきぞく》は製造《せいぞう》終《をわ》るに隨《したが》ひ悉皆《しつかい》※[#「竹かんむり/可」、79−上−13]《やがら》に固着《こちやく》されしにはあらずして、餘分の物は種々の入れ物に貯《たくは》へ置《お》かれしものと見ゆ。渡島國凾舘住吉町《をしまのくにはこたてすみよしてう》、後志《しりべし》國余市川村、石狩《いしかり》國|空知監獄署用地《ソラチかんごくしようようち》、日高《ひだか》國|捫別舊會所《もんべつきうくわいじよ》の裏《うら》等よりは石鏃《せきぞく》を入れたる儘《まま》の土器《どき》を掘出《ほりだ》せし事有り。思《おも》ふにコロボツクルは適當の石《いし》を獲《え》たる時、又は氣《き》の向《む》[#ルビの「む」は底本では「むき」]きたる時に、必要以外《ひつえういぐわい》の石鏃《せきぞく》を作《つく》り置《お》き之を土器其他の入れ物に収《をさ》めて後日の豫備《よび》とし或は物品交換《ぶつぴんかうくわん》の用に供《きよう》する爲|貯《たくは》へ置《お》きしならん。
弓矢《ゆみや》の使用《しよう》は、諸人種に普通《ふつう》なるものに非《あら》ず。未開人民中《みかいじんみんちう》には今尚《いまな》ほ之を知らざる者有り。此點《このてん》のみに就《つ》いて云ふも、コロボックル、の智識《ちしき》は决《けつ》して甚《はなは》だ低《ひく》きものには非ざるなり。
石錐[#「石錐」に白丸傍点] 石鏃《せきぞく》の類品《るゐひん》にして、全体《ぜんたい》棒《ぼう》の形を成せる物有り、又一方のみ棒の形を成し一端は杓子《しやくし》の如くに膨《ふく》らみたる物有り。是等《これら》は錐《きり》の用を爲せしものなるべし。柄《え》の着《つ》け方は石鏃に※[#「竹かんむり/可」、79−下−2]を着くると異《ことな》る所無からん。膨《ふくら》み有る物は殊《こと》に柄《え》を固着するに適したり。石錐は種々の物に孔《あな》を穿《うが》つに用ゐられしなるべけれど、孔《あな》の開《あ》きたる儘《まま》にて今日迄|遺存《ゐぞん》する物は土器のみなり。石器時代土器の腹壁《ふくへき》には石錐を以て揉《も》み明《あ》けたるに相違無《そういな》き孔の存する事有り。尚《な》ほ土器の部に於て細説《さいせつ》する所有るべし。
石匕[#「石匕」に白丸傍点] 石鏃《せきぞく》石錐抔《いしきりなど》と同質《どうしつ》にして其大さ是等の五倍或は十倍なる物有り。形状《けいじよう》は長方形《ちようはうがた》、橢圓形《たいえんがた》、三角形《さんかくがた》等の不規則《ふきそく》なるものにして一部に必ず短《みじか》き把柄有り。此の如き石器《せきき》を俗《ぞく》に天狗《テング》の飯匙《メシカヒ》と呼《よ》ぶ。近頃《ちかごろ》は石匕《いしさじ》の名行はるる樣に成りしが、是とても决して好《よ》き稱《とな》へには非ざるなり。イースタアアイランド土人及びエスキモーは現《げん》に此石器《このせきき》を有す。其使用《そのしよう》の目的は鳥獸の皮を剥《は》ぎたる後に脂肪《しばう》を掻《か》き取《と》るが如き事に在るなり。石匕の把柄の部には木脂の附着《ふちやく》せし痕《あと》あるもの有り。是《これ》疑《うたが》ひも無く更に長き木製の把柄を添《そ》へたるに基因《きゐん》す。
製法[#「製法」に白丸傍点] 以上諸種の石器《いしき》の製法《せいはう》は石器其者の形状《けいじやう》を見ても推察するを得れど、遺物包含地《ゐぶつはうがんち》及び其|攪亂《かくらん》されたる塲所を實踐《じつせん》して調査すれば、現に稍々《やや》大なる石材《せきざい》を打《う》ち壞《くだ》き押《お》し缺《か》きて漸次《ざんじ》目的《もくてき》の形状《けいじやう》とせし跟《あと》を認《みと》むるを得るなり。打製石斧は最初先づ漬《つ》け物の重し石の如き物を採《と》り、之を他の石と打《う》ち合はせ數個の破片を作り、其中《そのうち》より石斧とするに適《てき》したる形のものを撰《えら》み出し、臺石《だいいし》の上に乘《の》せ、或は他の石片を槌《つち》として直《ただ》ちに其周縁《そのまわり》を打《う》ち缺《か》き或は骨角《こつかく》の如き堅《かた》き物にて、作れる長さ數寸の棒《ばう》の一端を、石斧とすべき石片の一部分に當《あ》て、此棒の他端《たたん》をば、片手の掌《てのひら》に握《にぎ》り込むを得る程の石にて打ち、恰も桶屋《おけや》が桶の籠を打ち込む時の如き有樣《ありさま》に、手を動《うご》かし、次第次第《しだい/″\》に全形を作り上げしならん。此所《ここ》に列擧《れつきよ》したる製造用の道具《どうぐ》は皆發見物中に在り。石槍、石鏃、石錐、石匕の如く細工《さいく》の精巧なるものは打製《だせい》石斧よりは更に注意《ちうい》して作り上げしならん。稍《や》々大なる石片《せきへん》を採《と》り、打ち壞き小破片とし、其中《そのなか》より目的に適《かな》ひたるものを撰《えら》み出《だ》す迄は右に記せし所に同樣《どうやう》なるべきも、夫より後《のち》は或は左手《さしゆ》に獸皮の小片を持ち皮越《かはこ》しに石片《せきへん》を撮《つま》み、或は臺《だい》の上に石を横たへて左手の指にて之《これ》を押《おさ》へ右手には、前述の骨角《こつかく》の如き堅き物にて作れる棒を持ち、此棒《このばう》の尖端を石片の周縁《いんえん》に當て少し宛《づつ》壓《お》し缺きしならん。時としては棒《ぼう》二|本《ほん》を以て毛拔き樣の道具《だうぐ》を作り、之を用ゐて石片の周縁を撮《つま》み缺《か》きし事も有りしならん
既に述べしが如く、石器製造《せききせいざう》の順序は未開人民實際の所爲《しよゐ》と、遺跡に存《ぞん》する原料、破片、作り掛け、作り損じ、製造用具《せいざうようぐ》と思はる物品等の比較研究とに由《よ》つて窺ひ知るを得るなり
●磨製類
總説[#「總説」に白丸傍点] 石片に鋭利《えいり》なる刄を設くるに二|法《はふ》有り。一は打ち缺《か》き或は壓し缺く法《はふ》にして、斯くして作《つく》りたる石噐《せきき》の事《こと》は前項に記したり。他の一|法《はふ》は研ぎ磨く法《はふ》なり。石の磨製|利噐《りき》には磨製石鏃と呼ばる物も有り、石庖丁《いしはうてう》の名を得たる物《もの》も有れど、是等は寧《むし》ろ稀なる品なれば説明《せつめい》を止め、是より磨製石斧の事《こと》のみに付て述ぶる所有るべし。
磨製石斧[#「磨製石斧」に白丸傍点] 磨製石斧とは細長《ほそなが》くして其端《そのはし》に刄《は》を付けたる石器の稱へなり。大小不定《だいせうふてい》なれど長さ五六寸|計《ばか》りを常《つね》とす。刄は殆と悉皆一端のみに在《あ》りと云つて可なり。理科大學人類學教室《りくわだいがくじんるゐがくけうしつ》には磨製石斧三百|個《こ》計り有れど、兩端《りやうたん》に刄有るものは唯《ただ》一|個《こ》のみ。コロボックルは磨製石斧を何《なん》の目的《もくてき》に用ゐしや。固《もと》より確言する能はざれど、現存《げんぞん》石器時代人民《せききじだいじんみん》の所爲を以て推す時は、是等は石器の用は食料《しよくれう》の肉を切り、木質《もくしつ》を削り、人獸を傷《きづつ》くるに在りしと思はる。極《きは》めて大なる物及び極めて小《せう》なる物《もの》に至つては實用有りしとは認《みと》め難し或は標章《へうしやう》玩具《ぐわんぐ》の類なりしならんか。磨製石斧は手《て》にて直に握《にぎ》られし事も有るべけれど斧の如くに柄を添へて用《もち》ゐられし事も在りしと見ゆ。武藏國大里郡《むさしのくにおほさとごほり》冑山村の土中よりは柄《ゑ》の着《つ》きし儘なる磨製石斧|出《い》でし事有り。柄は木質にて朽《く》ちて居りし事故、如何《いか》なる方法にて石斧《いしおの》を括《くく》り付けしか詳ならされど、其状《そのじやう》現今《げんこん》行《おこな》はるるタガネと大差《たいさ》無かりしならん。
製法[#「製法」に白丸傍点] 磨製石斧の製法《せいはふ》は現存石器時代人民の爲《な》す所に由《よ》つても知《し》るを得れと、遺跡《ゐせき》に於て獲《う》る所の截《き》り掛《か》けの凹《くぼ》み有る石片截り目を存する石斧《いしおの》、刄《は》の鈍《にぶ》きもの刄の鋭きもの、截り取りたる石屑《いしくづ》及び砥石《といし》に用ゐしと思《おも》はるる石器等を比較《ひかく》すれば、正しくコロボックルが磨製石斧を作《つく》りたる順序《じゆんじよ》を知るを得るなり。石を摩《す》り截るには木の小枝抔《せうしなど》を採り、其の一端へ堅《かた》き砂《すな》を付けて之を握り墨を摺《す》る時の如くに手を前後《ぜんご》に動《うご》かし、一面より摩り初めて凹みの深《ふか》さ石の厚さの半《なかば》に達したる頃《ころ》、石《いし》を裏返《うらかへ》しにして再び他面に溝《みぞ》を作り、兩面よりの截《き》り目《め》殆んと相《あひ》連《つら》なるに及んで、石の一|部分《ぶぶん》を強《つよ》く打ち之《これ》を他の部分より取り離したるならん、石《いし》を截るにも石を研ぐにも多少《たせう》の水を要すべし。石斧製造《いしおのせいざう》に必要《ひつえう》なる砂及び水は各々《おの/\》適宜《てきたう》なる大さの土器中に貯《たくは》へられしものと想像《さうざう》せらる。[#地から2字上げ](續出)
[#改段]
●コロボックル風俗考 第七回(挿圖參看)
[#地から1字上げ]理學士 坪井正五郎
●利器以外の石器
石器とは石を以て作《つく》りたる道具《だうぐ》の總稱《そうせう》なるが、其中にて刄の付《つ》きたる分、即ち石製の利器の事は、打製類《だせいるゐ》も磨製類《ませいるゐ》も大畧記し終《おは》りたるを以て、是より刄物《はもの》ならざる石器の事を述ぶ可し。是等の中にて主要《しゆえう》なるは左の數種《すうしゆ》なり。
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(第一)石を棒形《ぼうがた》に截取《きりと》り摩《す》り※[#「冫+咸」、81−下−8]《へ》らしたる者。(之を石棒と呼ぶ)
(第二)糸を掛ける爲と思はるる溝《みぞ》の有る石。(之を糸掛け石と呼ぶ)
(第三)扁平石の周圍《しうゐ》相對《あひたい》する所に缺損《けつそん》ある者。(之を錘り石と呼ぶ)
(第四)質《しつ》の粗《あら》き丸石にして凹所《おうしよ》を有する者。(之を凹み石と呼ぶ)
(第五)皿《さら》或は箕《み》の如き形《かたち》にして長徑一尺許の者。(之を石皿と呼ぶ)
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●石棒
石棒に粗製のものと精製《せい/\》のものとの二|種《しゆ》有り、長さは共《とも》に二三尺の間を常《つね》とすれど、粗製《そせい》の方は太《ふと》くして精製《せい/\》の方は細し。圖中上に畫《ゑが》きしは、第一種、下《しも》に畫きしは第二種の石棒《いしばう》なり。粗製石棒《そせいいしばう》には兩端に玉《たま》無きもの、一端に玉《たま》有るもの、兩端に玉有るものの別《べつ》有れど、精製《せい/\》石棒は兩端に玉有るを以《もつ》て定則《じやうそく》と爲すが如し。精製石棒《せい/\いしばう》の玉の部には徃々|美麗《びれい》なる彫刻を施《ほどこ》せしもの有《あ》り。石棒なるものは抑|何《なん》の用に供《きやう》せしものか、諸説《しよせつ》有りと雖も何れも堅固《けんご》なる根據《こんきよ》を有せず。余は只粗製石棒中の或《あ》る者はメキシコに於《お》
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