の縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖右の方下の隅を見よ)他の一は鍔《つば》の幅廣き帽子をば前部にて筋違《すぢか》ひに截り、鍔の端をば辷らして右の方は額《したへ》の方に下げ、左の方は頂の方に寄《よ》せたるが如き形なり。此土偶《このどぐう》は羽後國秋田郡船川村、字、田中、小字、大澤《おほさは》にて發見せし物《もの》にして佐藤初太郎氏の所藏。二種の帽子《ばうし》の形状は右に述《の》べたる通りなるが、實物《じつぶつ》の搆造《かうざう》は果して如何なりしか余《よ》は未だ考定の材料《ざいれう》を有せず。
頭巾[#「頭巾」に白丸傍点] 頭巾を着《き》たる形に見ゆる土偶五個有り。其發見地《そのはつけんち》及び所藏主は左の如《ごと》し。(※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖中央を見よ)
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一、常陸國河内郡椎塚發見   理科大學人類學教室藏
二、下總國千葉郡小金澤村發見 帝國博物舘藏
三、常陸國河内郡福田村發見  理科大學人類學教室藏
四、常陸國河内郡椎塚發見   同前
五、同前           同前
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此中四個の表面《へうめん》には額の部に「一の字」形隆まり有り、又《また》兩方《りやうはう》の耳《みみ》の邊《へん》より顎の邊へ掛けて「への字」を倒さにしたる形《かた》の隆まりも有り。是等《これら》の隆まりにて界されたる中に兩眼《りやうがん》と鼻と口との存するを見れば、土偶は頭巾《づきん》の前部より面の現《あらは》れたる形に作《つく》られ有るが如し。第三の土偶《どぐう》は面の上下共凹みたる線《せん》にて界されたれど、全体《ぜんたい》の形状境界の位置共《ゐちとも》他の土偶と等《ひと》しくして、示す所は同じく頭巾の縁《へり》にて面の上下を覆《お》ひたる形と思はる。
五個の土偶は何れも後頭部に多少《たせう》の膨らみ有り。第一、第二、第三の三個に於ては殊《こと》に甚し。此の膨らみは疑《うたが》ひも無く頭巾の後部《こうぶ》を示せしものなり。第一、第二、第三の頸部には一二條の線《せん》を廻《めぐ》らしたり。こは頭巾《づきん》と上着と相《あひ》連續《れんぞく》する部分をば紐《ひも》にて括りたる状ならん。是等三個の面部左右兩端《めんぶさいうりやうはし》には前後に貫通《くわんつう》する小孔各一個有り。面部上下の境界《きやうかい》を基として正確に言《い》へば是等は頭巾の左右兩端に穿《うが》ちたるものの如くなれど、大体《だい/\》の位置より考《かんが》ふれば耳輪《みみわ》を埀るる孔を示したるかとも思《おも》はる。余は前回《ぜんくわい》に述べし如く乳房の突起は實際《じつさい》の形に非ずして女性《ぢよせい》の印しなりと信《しん》ずる者なるが、此事にして誤《あやま》り無くば、實際頭巾にて覆はれ居《を》るべき耳の形が外《そと》に作り設けて有ればとて格別《かくべつ》に不審を懷《いだ》くにも及ばざるべし。思ふに土偶|製作者《せいさくしや》の意は頭巾の形を表はすと同時《どうじ》に耳輪の存在《そんざい》をも併せ示さんとするに在《あ》りしならん。
頭巾の形状《けいじやう》は普通の外套頭巾《ぐわいたうづきん》或はエスモー[#「エスモー」はママ]の頭巾と大同小異《だいどうせうい》なりと考へらる。
       ●覆面
覆面《ふくめん》を着けたる形と見ゆる土偶五六個有り。覆面は皆《みな》面《かほ》の全部《ぜんぶ》を覆ふ假面形のものにして、粗布《そふ》を以て作《つく》られたるが如し。製作の精なる方より始《はじ》めて是等土偶の出所及び所在《しよざい》を列記《れつき》すれば次の如し。(第一回の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖參看)
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一、常陸國河内郡椎塚發見   理科大學人類學教室藏
二、常陸國相馬郡上高井發見  岡田毅三郎氏藏
三、下總國   平山村發見  帝國博物舘藏
四、武藏國荏原郡下沼部發見  理科大學人類學教室藏
五、同前           同前
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何れも面部の周圍《しうゐ》に沿《そふ》て横長き橢圓形《だえんけい》の隆まり有り。且つ額の部には輪廓の上縁より多少《たせう》下《した》の方に向ひて延《のび》たる隆まり有り。一|見《けん》鼻《はな》の如くなれど其位置《そのゐち》上部《じやうぶ》に寄り過ぎたり。是等《これら》土偶の素面ならざる事は面部輪廓の隆まりと兩眼《りやうがん》及び口の部の異形《いけい》とに由つて推知《すゐち》するを得れど、一、二に二個に於《おい》ては兩眼の下《した》に小點數個或は横の並行線|數個《すうこ》有るが故に覆面《ふくめん》の性質は殊に著名《ちよめい》に表示されたり。抑も斯かる覆面は何の爲に用《もち》ゐらるるかと言《い》へば、故らに面貌《めんばう》を奇にする爲か他人《たにん》に面貌を示さざる爲か然《しか》らざれば寒氣《かんき》を防ぐ爲なるべし。思ふに第三種の用こそ此場合《このばあひ》に於ける眞《まこと》の用ならめ。此考《このかんが》へにして誤無からんか、是等《これら》の覆面は氣候の[#「氣候の」は底本では「氣侯の」]寒冷を示《しめ》すものにして前項記載の頭巾《づきん》と能く釣り合を保てるものと云ふべし。
兩眼《りやうがん》の部には恐らく小孔有りて此所《ここ》より外界を窺《うかが》ふを得る樣に成し有りしならん。
覆面は如何にして面部《めんぶ》に着けられしや。精《くわ》しく言ふ能《あた》はざれど、第五の土偶にては左右兩側《さいうりやうがは》に紐を付けて頭に結《むす》び付けたるが如く、他の四個の土偶にては左右兩側に輪《わ》を設けて耳に掛《か》けたるが如し。土偶 頭髮《どぐうたうはつ》の形状より考ふれば是等の覆面は女子《ぢよし》の用ゐたる物と思はるるなり。
       ●遮光器
石器時代土偶中には其面貌《そのめんばう》實に奇異なるものあり。元來《ぐわんらい》是等土偶は身体全部《しんたいぜんぶ》悉皆比例正しく出來居《できを》るものには非《あら》[#ルビの「あら」は底本では「あらざ」]ざれど數個の土偶に於ては兩眼に當る部分《ぶぶん》殊に不恰好《ぶかつかう》に大きく作られたり。左に數例《すうれい》を掲ぐ。(※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖右の下及び第一回※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]圖右の方下の隅を見よ)
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一、陸奧國西津輕郡龜ヶ岡發見 佐藤蔀氏藏
二、同前           理科大學人類學教室藏
三、陸奧國二戸郡|小烏谷《コズヤ》村發見 同前
四、同前           同前
五、羽後國南秋田郡御所野發見 同地某氏藏
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是等土偶は眼の部何れも横長《よこなが》き橢圓形の輪廓を有し、其中央《そのちうわう》に一條の横線《よこせん》存在《そんざい》す。輪廓全体を眼とすれば横線を瞳《しとみ》とせざるべからず、横線のみを眼《め》とすれば輪廓は何《なに》なるや考へ難《がた》し。何れとするも能く解したりとは言ふべからず。然らば此奇異《このきい》なる面貌は何を示したるものなるか。未開人民《みかいじんみん》の現状を調査《てうさ》すれば大に發明《はつめい》する所有るなり。シベリヤ東北の住民《ぢうみん》、アメリカ極北の住民及びグリーンランドのエスキモは眼の部分《ぶぶん》に細き横線を截り透かしたる眼蔓樣のものを用《もち》ゐる事有り。是太陽の光線《くわうせん》が積雪の表面或は海水の表面《へうめん》より反射し來つて眼を害《がい》するを豫防せんが爲なり。其原料《そのげんれう》には獸の皮と木との別あれど余は是等《これとふ》を總稱して遮光器《しやくわうき》と言ふ。奇異なる面貌の土偶は疑《うたが》ひも無く遮光器を着けたる形なり。輪廓《りんかく》は遮光器の周縁《しうゑん》にして、横線は透かしなるのみ。コロボツクルの用ゐたる遮光器の原料《げんれう》は何なりしや、明言《めいげん》し難けれど面の彎曲に適《かな》ふ樣に作られたると、橢圓形《だゑんけい》の部の周縁に縫《ぬ》ひ目《め》の如き凹みの存するとの二つに由つて考《かんが》ふれば恐《おそら》くは獸の皮なりしならんと思はる縁の部のみは布《ぬの》にて作りしものも有りしにや、第二例に於《おい》ては此部に布目《ぬのめ》の痕を付けたり是等の遮光器は左右兩端《さいうりやうはし》に在る紐を以て頭に結《むす》び付けられたるものの如し。之を用ゐしは男子《だんし》ならん。そは此所に述《の》べたる如き面貌の土偶は乳房《ちぶさ》の部の膨れ方|甚《はなはだ》少《すくな》きを以て察《さつ》すべし。光線反射の眼に害有る男女《なんによ》に從つて差有るの理《り》無《な》し。女子は如何《いか》にして眼を保護《ほご》せしや。今後女子にして遮光器《しやくわうき》を着けるが如き形の土偶|發見《はつけん》さるる事有るやも知らざれど、余は前項《ぜんかう》の覆面が充分《じうぶん》遮光器の用を爲せしならんと考《かんが》ふるなり。覆面の眼の部には小き孔ありて此所《ここ》より外を見たりとすれば、光線《くわうせん》の反射が甚く眼を害《がい》する事は無《な》かりしならん。
未開人民《みかいじんみん》の現状に由つて考ふれば遮光器の必要《ひつえう》は積雪《せきせつ》多き時に於て殊に深く感《かん》ずるものの如し。余《よ》は既に頭巾と覆面《ふくめん》との事に付きて言ひしが如く遮光器の存在《そんざい》に關しても當時《たうじ》の氣候《きかう》寒冷《かんれい》なりしならんとの事を想像《さうざう》するなり。[#地から1字上げ](續出)
[#改段]

   ○コロボツクル風俗考 第四回
[#地から1字上げ]理學士 坪井正五郎
      ●飮み物
服飾《ふくしよく》の事は前回にて記《しる》し終《おは》りたれば是より飮食の事を記すべし先づ飮《の》み物には如何なる種類《しゆるゐ》有りしかと云ふに、人生《じんせい》欠《か》く可からざる水は勿論《もちろん》、此他に酒《さけ》とか汁《しる》とか云ふ如き或る嗜好飮料《しこうゐんれう》も有りしが如し。此|考《かんが》への據《よりどころ》は後に至つて明かならん。
未開社會に於ては井戸《ゐど》を掘《ほ》る術、水道を設《まう》くる術も無き譯故《わけゆへ》、コロボツクルの如きも、水の入用《にうよう》を感《かん》じたる時には必ず川邊に至りしならん。遺跡《ゐせき》より發見《はつけん》する所の土器の中には椀形《わんがた》のもの少からず。是等は實《じつ》に水を汲《く》み水を飮《の》むに適《てき》したるものなり。又水を貯《たくわ》へ置くに用ゐしならんと思《おも》はるる瓶鉢の類も發見品中に存在《そんざい》す。今日迄に知《し》れたる土器の中にて最も大なる物も直徑一尺五寸に達《たつ》せず。現に我々の使用《しよう》する水瓶《みづがめ》に比しては其|容量《ようりやう》誠に小なりと云ふべし。思《おも》ふにコロボツクルは屋内《おくない》に數個の瓶鉢類を並列《へいれつ》して是等に水を貯《たくわ》へ置《お》きしならん。
遺跡發見物中には灰《はい》も有り燒《や》けたる木片《ぼくへん》も有りてコロボツクルが火《ひ》の用《よう》を知り居りし事は明なるが、鉢形《はちがた》鍋形《なべがた》の土器の中には其外面の燻《くす》ぶりたる物も有れば、湯《ゆ》を沸《わ》かし、食物を煮《に》或るは羹《あつもの》を作る事の有りしをも推知《すいち》せらる。灰及び[#「及び」は底本では「及ひ」]燒け木は竪穴《たてあな》の隅《すみ》より出づる事有り、又《また》貝塚の中より出づる事有り。飮食物《いんしよくぶつ》の煮焚《にた》きは屋内にても爲し又屋外にても爲せしが如し。
余は既に土器の中に湯水《ゆみづ》を飮むに適《てき》したる椀形《わんがた》のもの有る事を述べしが、別に急須形《きうすがた》のもの有り。其|製作形状《せいさくけいじやう》等に付ては
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