〔わらべ達の唄〕
なよ竹やぶに 春風は
   さや さや
やよ春の微風《かぜ》 春の微風
   そよ そよ
  なよ竹の葉は さあや
   さあや さや
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なよたけ みんな御覧《ごらん》! ほら! 竹の梢《こずえ》に、陽炎《かげろう》がゆらゆら揺れている。……この竹の林は、何でもかでも、お天道様のお恵みで一杯だわ。小鳥達も、蝶々も、蜜蜂も、たんぽぽも、みんなお天道様のおっしゃる通りに、本当に素直に生きてるのよ。人間達みたいに騙《だま》したり騙されたりすることがないの、嘘をつくってことがないの。間違ったことを言ったりしたりすることがないの。……ああ、こんな限りもない広い天地の中にいて、どうして人間達はみんなこせこせしたつまらないことばかりするんでしょうね! 自分では何にも気がつかないで、困った間違いばっかりやっている。油断をすると、すぐあんなあな[#「あんなあな」に傍点]に取《と》っ憑《つ》かれて、後になって言訳ばかり云っている。……本当にお天道様が御覧になったらどんなにおかしいでしょう! どんなに悲しいでしょう! けらお! 正直にあたしに答えてごらん!……お前、ほら、いつだったか、おけらの足に糸をつけて、玩具《おもちゃ》の車を引張らしてたことがあったわね?
けらお うん。
なよたけ あんなこと、誰がやらしたの?
けらお ………
なよたけ え? 云ってごらん! あんなこと誰がやらしたの?
けらお あんなあな[#「あんなあな」に傍点]の奴だイ。
なよたけ そうね。けらおはあんなことするはずはない。……お天道様を拝《おが》める子があんなことをするはずがないわ。……さあ、みんなも白状してごらん! あんなあな[#「あんなあな」に傍点]に取っ憑かれて、どんな悪いことをしたか。思い出してすっかり白状してごらん!……悪いことは悪かったってちゃんと白状しないとお天道様は許して下さらないわよ。……さあ、雨彦! お前から云ってごらん! お前はどんなことをしたっけ!
雨彦 (躊躇《ちゅうちょ》する)……………
なよたけ さあ、正直に云ってごらん!
雨彦 ……僕、……青蛙《あおがえる》の皮をむいて、赤蛙だよって云って、みんなにみせた。……
なよたけ 恐しいこと!……じゃ、みのり! お前はどんなことした?
みのり あたし、去年の冬、蓑虫《みのむし》を真裸《まっぱだか》にして、冷い雪の上に捨てちゃったの。
なよたけ 無慈悲《むじひ》なこと!……蝗麻呂! お前は?
蝗麻呂 僕、蝗をたくさんとって来て、片っ端からお醤油《しょうゆ》をつけて焼いて食べた。……
なよたけ まあ、むごたらしい!……そんなことをするから、後の世の人達が食べなくてもいいものまで食べるようになってしまうんだわ。……じゃ、こがねまる! お前は?
こがねまる (非常な躊躇)……おら、……おら、……
なよたけ いいから、云いなさい!
こがねまる おら、……いつだったか、お薬鑵《やかん》の中に黄金虫《こがねむし》を一杯つめ込んで、……お湯をかけて、焚火《たきび》で沸《わ》かして、……「煎《せん》じ薬」だよってごまかして、胡蝶に飲ましちゃったイ。
胡蝶 (急に思い出して、火のついたようにおいおい泣き出す)
なよたけ 胡蝶! 泣かなくってもいいの! もうこがねまるはあんな悪いことは二度としないわね?
こがねまる (素直に)ん、……しない。
なよたけ 胡蝶! こがねまるはもうしませんって! さあ、胡蝶! お前は? お前はどんなことをしたんだっけ?
胡蝶 (涙を拭《ふ》き拭き)……あたし……あたし、……蝶々の翅《はね》で、……髪かざりを作ったの。(またおいおい泣き出す)
なよたけ いいの。いいの。昔、悪いことをしたって、今ではもうお前の中にはあんなあな[#「あんなあな」に傍点]はいなくなったんでしょ!
胡蝶 ん、……いない!
なよたけ みんなにももういないんでしょ?
わらべ達 (一緒に)ん、……いない!
なよたけ (嬉しそうに)さあ、それじゃ、もういいの!……みんなの「心」は今とても透《す》き通っている。心の底までお天道様の光が射し込んでるわ。……いつまでもこのままでいるのよ。もう二度とつまらないことはしないようにするのよ。悪いことばかりしてる人は、死んでからお月様の所へも行かれないし、来る世も来る世も、小鳥や虫に生れ変って、いつまで経《た》っても、悪いあんなあな[#「あんなあな」に傍点]に苦しめられるだけよ。……そんなことって嫌《いや》でしょ? お前達はみんな死んだらお月様のところへ行きたいんでしょ?
わらべ達 (銘々《めいめい》に)うん、行きたい! 行きたい! 行きたい!
なよたけ さあ、それじゃ、またみんな一生懸命にお天道様にお祈りしましょう! じゃ、いい? みんないつもの通り、そこんところにずっと並んで頂戴《ちょうだい》!
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わらべ達はそう云う習慣があるらしく、竹林の方に向って、一列に並ぶ。なよたけはその二三歩前に立つ。
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なよたけ みんなきちんとして、心をきれいに澄まして、もう余計なことは考えちゃ駄目よ。……けらお! お前何をしてるの?
けらお ぶよが刺《さ》したんだイ。(足をぼりぼり掻《か》いている)
なよたけ お前はどうもあてにならないわね。けらお、お前にも本当にあんなあな[#「あんなあな」に傍点]がいなくなったんでしょうね?
けらお ん、いねエ…………
なよたけ もう都の子供と石ぶつけなんかして遊びたがっては駄目よ。
けらお ん、あそばねエ…………
なよたけ さあ、それじゃもうここにはあんなあな[#「あんなあな」に傍点]はひとりもいなくなった!……もう悪い子はひとりもいなくなった!……みんな黙って、静かーに、お天道様を拝んでごらん! そうして、みんな心の中で何度も何度も云ってごらん! あたし達はみんなお天道様の子です! あたし達はみんなお天道様の子です! あたし達はみんなお天道様の子です………
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小鳥達の囀《さえず》る声が、急にその数を増して行き、あたかも「交響楽」のように交錯する。緑色の耀光《ようこう》が神秘なまでに充《み》ち溢《あふ》れて行く。…………突然、あっと思う間に、陽光が翳《かげ》ってしまう。……小鳥の声もぴたっと止んでしまった。
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なよたけ あら? 変ねえ。……どうしたのかしら?
雨彦 (耳を澄まして)あ! 遠くで竹林がざわざわ鳴り出したよ!
蝗麻呂 (左手を見やり)なよたけ! 都の悪い人がやって来た! ほら!
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皆、いっせいに左の方をみる。
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こがねまる あッ! またあの人だ! なよたけをさらいにやって来た!
けらお ひとさらいのあんなあな[#「あんなあな」に傍点]だ!
みのり (怖《こわ》がって)なよたけ! はやくお家へお帰りよ!
雨彦 ね! お家にかくれて、黙って琴をお弾《ひ》きよ!
胡蝶 なよたけ! さあ! 早く、早く!
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(舞台、再びもとの通りに移動)
なよたけ、家の土間の中へ駆け込む。
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なよたけ お父さん! またいつもの変な人がやって来たのよ。うまく追い返して頂戴《ちょうだい》!
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造麻呂、黙ってうなずき、素知《そし》らぬ顔で竹籠《たけかご》を編み続ける。なよたけ、竹簾《たけすだれ》を下して、右手奥の部屋に消える。
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けらお (空を見上げ)悪い雲がやって来たぞイ! お天道様の御機嫌が悪くなって来たぞイ!
蝗麻呂 冷い風が吹いて来た!
みのり 小鳥もみんなどこかへ行っちゃった!
胡蝶 あたしお家へ帰ろう!
雨彦 みんな、お家へかくれて待ってよう!
こがねまる おい! じゃ、みんな、またあとでな!
わらべ達 (思い思いに)またあとで! またあとで! またあとで!………
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わらべ達、散り散りばらばらに消えてしまう。竹の林がにわかにざわざわと鳴りひびき始めた。……あたりは急に曇って薄暗くなってしまった。なよたけの琴の音が、右手の方から聞えはじめる。………

大伴《おおとも》ノ御行《みゆき》、粗末な狩猟《かり》の装束《しょうぞく》で、左手より登場。中年男。荘重《そうちょう》な歩みと、悲痛《ひつう》な表情をとり繕《つくろ》っているが、時として彼のまなざしは狡猾《こうかつ》な輝きを露呈《ろてい》する。………
しばらくは外で躊躇《ちゅうちょ》しているが、思い切ったように土間の敷居《しきい》の所に姿をあらわす。
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御行 こんにちは、……お爺《じい》さん。
造麻呂 (ちょっと会釈《えしゃく》を返して、後は素知らぬ顔で、竹籠を編んでいる………)
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間――
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御行 先日の手紙《ふみ》は、……あのひと……読んで下さいましたか?
造麻呂 (相変らず仕事を続けながら、冷淡に)さあ、どうですか、……まあ、渡すには渡しときましたがね。……何せまだ字もろくに読めないほんの田舎者《いなかもの》の小娘でござりまするで、……大層|綺麗《きれい》な紙に書いて下さった、と云って、いやもう、とても喜びましてな。(大納言、嬉し気な表情)昨夜《ゆんべ》、あれの部屋に行って、ふと何気なく見ましたところが、お手紙《ふみ》は鶴《つる》に折られて、天井《てんじょう》からぶるさがっておりましたじゃ。
御行 (きわめて情無さそうな表情。しばし当惑《とうわく》)
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なよたけの弾く琴の音。
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御行 (琴の音に気付き)……あの琴は、……あれは、あのひとですね?
造麻呂 へえ………

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琴の音。長い間。
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御行 (もはや耐《た》えかねたような詠嘆調《えいたんちょう》にて)ああ、何と云う妙《たえ》なる楽の音だ。……これが、このあじけない現世《うつしよ》のことなのだろうか?………いいや、これはもう天上の調べだ。私にはあのひとの白魚《しらうお》のようにかぼそい美しい手が眼《ま》のあたりに見えるようだ。あのひとの月のように澄みきった心が隈《くま》なく読めるようだ。……あれこそは、あのひとの清らかな魂がこの汚れ多い現世に、天の調べを伝えてくれるのです。
造麻呂 それほどでもござりませぬ。
御行 (深い溜息《ためいき》と共に)なよたけ………
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琴の音。間――
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御行 (突然、つかつかと土間に入って来る。衝動的《しょうどうてき》に)お爺さん! 私はもうこれ以上我慢が出来ません! 私は私の思った通りのことをします! なよたけは私のものです! なよたけは私が貰《もら》います! なよたけを私に下さい! なよたけは私の妻です! なよたけは……
造麻呂 (きっぱりと)いけましねえ。
御行 いけない?………(調子を変えて、今度は妙《みょう》に哀《あわ》れっぽく)ねえ、お爺さん。………これはまあ、むかしむかしの笑い話だと思って聞いて下さい。………あるところに、心まずしい哀れな男がひとりいたのです。……身はやんごとない家柄に生れは致したものの、空しい孤独の男でした。……侘《わび》し過ぎました、あまりにも侘し過ぎました。………
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琴の音。
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