いぞイ! 悪い子なんかいねえぞイ!
なよたけ さあ、みんなまた唄をうたって、遊びに行こう! みんなお唄い!
けらお 何でえ。こんな狭《せま》っくるしい竹藪《たけやぶ》ん中で遊んだって、ちっとも面白かねえや! 都へ行きゃ、綺麗《きれい》な御所車《ごしょぐるま》が一杯通ってるんだぞ! 偉い人はみんな車に乗って御殿に行くんだ! 綺麗《きれい》な着物を着て、みんながお辞儀《じぎ》をするんだ! いいぞイ! 綺麗だぞイ!
なよたけ お唄い!
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わらべ達唄をうたい始める。なよたけの後を取巻くようにして、左方へ歩いて行く。けらおは、ひとり、不貞腐《ふてくさ》れて後からついてくる。
(舞台、徐々に移動。あたりは一面竹林になる。遠近《おちこち》に小鳥の声がし始める)
〔わらべ達の唄〕
なよ竹やぶに 春風は
さや さや
やよ春の微風《かぜ》 春の微風
そよ そよ
なよ竹の葉は さあや
さあや さや
なよ竹やぶに 春の陽は
ほか ほか
やよ陽《ひ》の光 陽の光
ほこ ほこ
なよ竹の葉に ほうか
ほうか ほか
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こがねまる (突然、地べたにしゃがみこみ)あ! 毛虫だ!
けらお (駆け寄って)やっつけちゃい! やっつけちゃい!
こがねまる (足で踏みつぶす)こん畜生《ちくしょう》ッ!………
なよたけ (険《けわ》しい顔)こがねまる!
こがねまる (びっくりして、顔を上げる)
なよたけ (情無さそうに)お前はもう忘れちまったの?……どうして、そう罪のないものを殺そうとしたりするの? 毛虫がお前に何か悪いことでもしたの? しようのない子ねえ。それじゃ、今までに教えて上げたことがみんな台無しじゃないの。………
けらお つぶれちゃったイ。
こがねまる (後悔《こうかい》して)……もう死んじまった。
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皆、無言で毛虫の死骸《しがい》を凝視《みつ》めている、しばらくは粛然《しゅくぜん》たる沈黙。
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なよたけ こがねまる!……お前のしたことをようく考えてごらん。……お前には毛虫の言葉が聞えたの? 「あたしを殺して下さい。」って毛虫がお前にそう云ったの?
こがねまる (うなだれたまま、首を横に振る)
なよたけ (険しく)こがねまる!……お前にも悪いあんなあな[#「あんなあな」に傍点]が取《と》っ憑《つ》いてしまったわ。
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皆、気味悪そうにこがねまるを凝視める。
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雨彦 けらおが都から連れて来たんだ!
胡蝶 (なよたけにすがりつき)なよたけ、……あたし、こわい!
みのり (これもすがりつき)あたしもこわい!
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こがねまる、烈しい泣きじゃくりを始める。
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けらお おらじゃねえよ! おらじゃねえよ!
蝗麻呂 けらおのあんなあな[#「あんなあな」に傍点]!
雨彦 こがねまるのあんなあな[#「あんなあな」に傍点]!
なよたけ お前達は黙ってなさい!……(近寄って、優しく)こがねまる。……お前はただ、ちょっと忘れちゃってたのねえ? うっかりしてて、自分の悪いことに気がつかなかったのねえ? そうでしょう?
こがねまる (うなずく)
なよたけ じゃ、いい? こがねまる、……毛虫は大きくなったら何になるんだったかしら?
こがねまる (泣きじゃくりながら)……蝶々《ちょうちょ》……
なよたけ そうね。……じゃ、こがねまるは蝶々が好きじゃないの?
こがねまる (首を横に振る)好き……
なよたけ じゃ、その蝶々をなぜ殺したの? 毛虫を殺すのは蝶々を殺すのと同じことでしょ?……御覧《ごらん》! 可哀《かわい》そうに……今は毛むぐじゃらで、あんまり可愛《かわい》らしくないけど、もうすぐさなぎから美しいあげはになって、今度は広いお空をひらひら飛ぶことが出来たのに!……綺麗《きれい》なあげはにもなれないでこんな毛むぐじゃらのまま死んでしまった。……
こがねまる (おいおい泣く)
なよたけ 分ったでしょ? こがねまる……分ればいいの。毛虫を殺したのはこがねまるじゃなくて、悪いあんなあな[#「あんなあな」に傍点]だったのね?……こがねまるだってけらおだって、誰だって本当はみんないい子なのよ、とてもいい子なのよ。こんなにいい子なのに悪いことをするのは、知らぬ間にあんなあな[#「あんなあな」に傍点]がお前達に取憑《とりつ》いてしまうからよ。さあ、もう泣くのはお止め!……お前のその涙が立派な証拠《しょうこ》だわ。自分の悪かったことに気がつきさえすれば、もうそれでいいの! 死んだ毛虫さんもきっと許してくれるに違いないわ! さあ、こがねまる。泣くのはお止め! お前はもう悪い子じゃなくなったの!
けらお (頭上を見上げ、突然、一種の畏怖《いふ》にとらわれたように叫ぶ)あッ! 蝶々だ! 蝶々だ! あんなにたくさんあげはが飛んで来た!
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右手の方から、無数の蝶が、群をなして飛んで来たらしい。皆いっせいに頭上を見上げる。
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雨彦 あ!……こがねまるが毛虫を殺したんで、怒ってやって来たんだ!
蝗麻呂 こがねまるをうらみにやって来たんだ!
けらお (叫ぶ)おらじゃねえよ! おらじゃねえよ! 毛虫を殺したのは、おらじゃねえよ!
こがねまる (助けを求めるように、泣声で)おら、本当に殺そうとしたんじゃないやイ。……おら、あんなあな[#「あんなあな」に傍点]に騙《だま》かされたんだイ。知らない内にいつの間にか殺しちまったんだイ。……おら、毛虫が憎《にく》らしくも何ともなかったんだ。……知らねえ内にあんなあな[#「あんなあな」に傍点]がおらの足にのりうつっちゃったんだ。おらがつぶしたんじゃないやイ。……あんなあな[#「あんなあな」に傍点]がつぶしちゃったんだイ。おら、何にも知らねえうちに……
けらお 行っちゃったよ。
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蝶の群、左の方に消えたらしい。みんな、遠く左方を見上げてほうとしたように立っている。
間――
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胡蝶 (ふと、地面を見て)あらッ! みんな見てごらん! ほら毛虫さんが動き出したわ。………
みのり あ! ほんとだ! 毛虫さんが生き返った。……
こがねまる (悦《よろこ》びに溢《あふ》れて)なよたけ! 毛虫は死んじゃいないや! ほら! ひょこひょこ歩き出したよ!……なんだ、こいつ死んだ真似《まね》してたんだな。………
なよたけ (嬉しそうに)そうじゃないわよ。……お前が悪かったことに気がついて、本当のことをちゃんと白状したから、お天道《てんとう》様が生き返らせて下さったのよ。きっと、そうよ。お天道様はいつでもいい子の味方をして下さるんだわ。悪いことをしても、ちゃんと白状して、自分で本当に悪かったと思えば、いつでも許して下さるのよ。……御覧! お天道様があんなにきらきら輝き始めた。……お天道様はいい子のいる所だけしか輝かないの。悪い子が一人でもいると、御機嫌が悪くなって、曇ってしまう……。みんな、あんなあな[#「あんなあな」に傍点]に取っ憑かれて、悪いことをしたら、すぐに白状して、心を入れかえるのよ。分った? そうすれば、お天道様はいつでもあたし達から悪いあんなあな[#「あんなあな」に傍点]を追っ払って下さる。……あんなあな[#「あんなあな」に傍点]がいなくなってしまえば、世の中がどんなにしあわせ[#「しあわせ」に傍点]になるか分らないわ。そうすれば、もうあたし達は、つまらない事で一々あやまったり、心を入れ代えたり、こせこせ気を使ったりする必要はちっともなくなるのよ。……御覧! この数え切れない竹の木のどれにだって、あんなあな[#「あんなあな」に傍点]はちっともいないのよ! いつまでもいつまでも緑色に輝いて、……お天道様のおっしゃる通りにじっと身を委《まか》せている。……お天道様と同じ心を持って、しあわせで一杯になっている。……お前達もあたしもみんなこの竹の林の中に生れた。この竹の林の中で育った。あたし達はきっといまにこの竹の林の中で、とてもしあわせになれるのよ。あんなあな[#「あんなあな」に傍点]なんてもうどこにもいなくなって、……どうしたらいいのか分らなくなるようなしあわせがやって来るのよ。
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さまざまな小鳥達が思い出したように美しい声で囀《さえず》り始めた。
春の陽光は眼覚めるばかりにその輝きを増し、緑色の木洩日《こもれび》の耀《かぎろ》いは一段と鮮《あざ》やかになって行く。子供達は何やらみな一様に眼を輝かして、太陽を仰ぐ。
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なよたけ 御覧!………ほら。あのお天道様のいらっしゃる限りもなくひろいひろいお空は、あたし達のいるこの竹林にまでずーっと続いて来ているのよ。あたし達はみんなお天道様のもの。なんでもかんでもみんなお天道様が創《つく》って下さったものよ。この数えきれない竹の木も、地面からにょきにょき生えて来るたけのこも、……雨彦! (指さして)ほら、あっちの方でちゅくちゅく鳴いている鳥はあれはなあに?
雨彦 目白! (目白の鳴声、一段と高く、ひとしきり)
なよたけ 蝗麻呂《いなごまろ》! (指さして)じゃ、向うの方でちゅんちゅん鳴いてるのは?
蝗麻呂 やまがら! (やまがらの鳴声、一段と高く、ひとしきり)
なよたけ こがねまる! こっちの方で、ひーよひーよって鳴いてるのは?
こがねまる ひわ! (ひわの鳴声、一段と高く、ひとしきり)
なよたけ けらお! 今度は、ほら、あっちの上の方で、ちちちち ちろろって鳴いてるのは?
けらお ほおじろだイ。(ほおじろの鳴声一段と高く、ひとしきり)
なよたけ 胡蝶《こちょう》! ほら、ほら!……向うの方からぶーんぶーんってこっちへ飛んで来る小さなものはなあに?
胡蝶 あ! みつばち! みつばち! みつば………
なよたけ 逃げなくったって大丈夫! こっちでおいたをしなければ蜜蜂《みつばち》は決して刺《さ》したりなんかしないわ。……ほら、行ってしまった。……蜜蜂さん!……綺麗《きれい》なお花の咲いてる処《ところ》には悪いあんなあな[#「あんなあな」に傍点]がたくさんいるからお気をつけ!
みのり (突然、不可解そうに)なよたけ! なよたけ! あれは何! ほら! あれは何!(空中を指さしている)
なよたけ どこ?
みのり ほら! そこにほら!……飛んでいる。
なよたけ ……見えないわ。
みのり (飛び上って、空中から何かをつかむ)
なよたけ 何を捕《と》ったの、みのり?
みのり (掌《てのひら》をひろげてみせる)
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わらべ達も、みんなのぞき込む。
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雨彦 なんだ。……たんぽぽの種子《たね》だ。
なよたけ まあ、新しいたんぽぽを咲かせるために、ちいさい種子がこんな処《ところ》まで飛んで来たのね。……みのり! 空へお飛ばし! お天道様が一番いい所へ連れて行って下さるわ。
みのり (空へ向って吹き飛ばす)
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みんな、嬉しそうに、たんぽぽの種子の飛んで行く方を見上げる。
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なよたけ 飛んで行け! 飛んで行け! 微風《そよかぜ》に乗って飛んで行け!……誰《だれ》も知らないしあわせな所へ飛んで行って、綺麗なお花を一杯咲かせておくれ!
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わらべ達、その行方を見上げながら、誰からともなく「唄」をうたい始める。
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