のだ。……まるで、もうここはあの国の幽邃境《ゆうすいきょう》だ。……深遠な唐国《からくに》の空気がそのままに漂っているではないか。……何と云う神秘な静寂だろう。僕は今、このような竹林の中で想を練ったと云うあの七人の賢者達のことを想い浮べている。………(沈黙)
[#ここから2字下げ]
(ひとりで恍惚《こうこつ》として)
独[#(リ)]坐[#(ス)]幽篁[#(ノ)]裏 弾琴復[#(タ)]長嘯
深林人不[#レ]知[#(ラ)] 明月来[#(リテ)]相照[#(ス)]
[#ここから1字下げ]
(独り言のように)……竹里ノ館か、……知ってるだろう? 王維《おうい》の詩だ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
清原 (一向に聞いていない。頭の中は心配だけ)
文麻呂 こんな素晴しい神秘の境で、燦《きら》めく恋の桂冠《けいかん》を獲得しようと云う君は全く幸福だ。また、同時に同じ場所で父の仇敵を思いのままに辱《はずか》しめてやれると云うこの僕も幸運だ。……云わばここは我々が幸運の星にめぐり逢うと云う秘《ひ》められたる場所だ。天が我々に与えたもうた恵《めぐ》みの扉《とびら》
前へ 次へ
全202ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 道夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング