語を作るのもいいが、お前のように一日中狭っくるしい部屋の中に閉じこもっていたって、決していいものは出来ないと思うな。第一、あれでは身体に障《さわ》るよ。儂はそれが一番心配なのだよ。……ああ、そうそう! 文麻呂! お前、覚えているだろう? 儂がこっちへ赴任する日に、お前が儂に記念にくれた小さな歌の本があったね?
文麻呂 万葉集ですか?
綾麻呂 うむ。……あれはいい本だな。あれはお父さんも感心した。どの歌もどの歌もみんな偽《いつわ》りのない魂がこもっている。歌よみ根性がないから、読む者の心を打つのだ。心の底から詠《うた》いきっているから、こっちの心の底にもひびいて来るのだ。歌を作るならああでなくてはお父さんはいけないと思う。……文麻呂! あの中でな、お父さんの大好きな歌がひとつあるのだ。……
文麻呂 何て云う歌です。
綾麻呂 (遠く不尽を望みながら、朗々と朗誦《ろうしょう》し始める)……
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天地《あめつち》の 分れし時ゆ 神《かん》さびて
高く貴き 駿河《するが》なる 布士《ふじ》の高嶺《たかね》を
天《あま》の原 ふり放《さ》け見れば 渡る日の
影も隠ろい 照る月の
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