ノ上! 俺は失敬する! さよなら! (逃げ去るように左方へ消える)
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行者達の呼ばい声、鈴の音が不気味に聞えている。
中央に呆然自失したごとく、文麻呂はひとり残される。
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文麻呂 (うわごとのごとき独白)……俺が「恋」をしてる?……「恋」のために俺の気が狂っている?……俺の気が狂っている?
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行者達の呼ばい声、鈴の音。それに重って男女の嘲《あざ》け笑いが聞えて来る。
続いて、「気違い、気違い」と云う私語・囁《ささや》き声が幻聴の如く、文麻呂の不穏《ふおん》な頭を乱し始める。……
文麻呂、両手を頭にやって、心の乱れを鎮《しず》めようとする。
行者達の呼ばい声・鈴の音。……
再び、男女の嘲け笑い。
文麻呂、頭を両手で抑えたまま、がっくりとひざまずく。……
やがて、呼ばい声も鈴の音も次第に遠くへ消えて行き、舞台裏から「合唱」が低く聞えて来る。

 合唱

術《すべ》なくも 苦しくあれば
術なくも 苦しくあれば
    よしなく物を思うかな。
白雲の たなびく里の
なよたけの ささ
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