行……私です。
造麻呂 (はっとしたように、その忍びのいでたちをした御行の姿を打ち眺める)
御行 (なにやら勝ち誇ったように)……私なのです。……
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琴の音。
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造麻呂 (次第次第に平伏《へいふく》して行く)……それは、それは……ちっとも存じ上げませんでした。……何と云う勿体ないことでござりましょう。大納言様でいらっしゃいましたか?………このような人里離れた下人《しもびと》の賤《しず》が家《や》にしげしげとお通いなさる御方が、よもや大納言様でいらっしゃろうとは、この爺《じい》め、夢にも考えてはおりませなんだ。……どうぞ、これまでの失礼の数々は、平《ひら》に御容赦《ごようしゃ》下されませ。……御容赦下されませ。
御行 いや、何もそんなにかしこまらなくったっていいんですよ、お爺さん。……大納言だからって、何もとって食べるわけじゃあるまいし、……ただ、私のなよたけに対する誠意がお爺さんにも通じてくれれば、こんな嬉《うれ》しいことはありません。
造麻呂 なよたけはしあわせものでございます。さような思いをかけて下さいますだけでもなよたけにとりましては、身に余る光栄でございます。大納言様と聞いて、なよたけもどんなに喜びますることでございましょう。………
御行 お爺さん! なよたけを私に下さりますか?
造麻呂 (信じられぬかのように)……なよたけを?……あんなふつつかな田舎娘《いなかむすめ》を本当にもらって下さるとおっしゃるのですか?
御行 どうして、またそう私の云うことを信じないのです?
造麻呂 (やや躊躇《ちゅうちょ》しつつ)……大納言様……なよたけがどんなに賤《いや》しい娘でも、きっと可愛がってやって下されますか?
御行 お爺さん、私を信じて下さい!
造麻呂 (思いきって)……実を申し上げますれば、……大納言様。……なよたけめは手前の子供ではござりませぬ。実は棄《す》て子《ご》だったのでござります。……
御行 なに? 棄て子?
造麻呂 へえ。……実は、この裏の竹林の中に棄てられて、おぎゃあ、おぎゃあと泣いておりましたのを、手前、亡くなった婆《ばあ》さんと一緒に拾って参ったのが、あれまでに大きくなったのでござります。生憎《あいにく》、手前どもには子供がひとりも恵まれませんでしたので、大喜びで養女に致し、雨が降ってはなよたけ、風が吹いてはなよたけ、やれなよたけ、これなよたけと、もう心配ばかりして育てとりましたが、……いけましねえ、大納言様。物心がつきだすと、あれの気持は儂等《わしら》からどんどん離れて行ってしまいました。……これまで手前共の方からはあれの素性《すじょう》については、ただの一度だって、一切|※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]気《おくび》にも出したことがござりましねえのに、……「お父さん、あたしはあなたの子供ではないのね」などといつの間にやら感づいてしまいましてな。全く親の仕事の手伝いも致しませぬし、天気さえよけりゃ、一日中、この辺の子供達と一緒になって竹山の中を駆けずり廻っておりますようなわけで。……やれ「わたしはお天道様の子だ」と云ってみたり、やれ「あたしはお月様の子だ」と云ってみたりして、この親を困らせますのでござります。……そうかと思いますると、生物《いきもの》なれば、鳥けものや虫けらに至るまで無性《むしょう》にこう可愛がる癖《くせ》がござりましてな、ある時なぞは、蝶々になるまで可愛がってやるのだと申して、自分の部屋に毛虫をたくさん集めて飼ってみたり、黄金虫やかまきり位ならまだしも、蛙《かえる》やとかげなんぞまで平気で部屋の中に匐《は》い廻らせて喜んでおりますのでございますから、いやもうとんだ変りもので、躾《しつけ》も何もあったもんではござりませぬ。……手前の方から恥をさらすようではございますが、大納言様、……手前でさえも時々、あれはもしかすると何かの生れ変りではないかと疑ってみることがござりますのです。……
御行 (少々変な気持になって来る)……いや、それは自然を愛しているのですよ。なよたけは自然の子なのですよ。………
造麻呂 さようでござりましょうか?……それにしても、まあ、大納言様のような立派なお方にもらって頂いて、厳《きび》しく仕付けて頂ければ、……なよたけにとりましても、この手前にとりましても、こんな嬉しいことはござりませぬ。この上もないしあわせでござります。……さあ、さあ、まあどうぞ。むさ苦しい所ではございますが、……どうかひとつお掛け下されまして。……なよたけはただ今連れて参りますでござりますから。(居間に上って、粗末な脇息《きょうそく》をすすめる)さあ、さあ、どうぞひとつ。……(右手のなよたけの部屋の方へ
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