めく里の 天雲の
下なる人は 汝《な》のみかも 天雲の
下なる人は 汝のみかも 人はみな
君に恋うらむ 恋路なれば
われもまた 日に日《け》に益《まさ》る
行方《ゆくえ》問う心は同じ 恋路なれば……
(合唱につれて、背後の灰色の上下幕に様々な色彩の光が、異様な幻想風のイメージとなって交錯《こうさく》し、やがて一面に鮮《あざや》かな緑が占領して行く)
小鳥の声が、あちこちから聞えはじめる。
そして、どこからともなく、わらべ達の唄う「なよたけの唄」が美しくひびいて来る。
なよ竹やぶに 春風は
さや さや
やよ春の微風《かぜ》 春の微風
そよ そよ
なよ竹の葉は さあや
さあや さや
なよ竹やぶに 山鴿《やまばと》は
るら るら
やよ春のとり 春のとり
るろ るろ
なよ竹の葉に るうら
るうら るら
様々な小鳥達の鳴声が、次第にその数を増して行き、竹の葉のさざめきと共に、美しい緑に包まれたなよ竹の里を文麻呂の心の中に呼び醒《さ》まして行く……
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文麻呂 そうだ。世間の者から見棄《みす》てられてしまったって、俺にはなよたけがついている。清原や小野に裏切られてしまったって、俺にはなよたけがついている。……なよたけ! お前だけは僕を見棄てはしないだろうね! なよたけ! お前は僕のものだ! お前だけは僕のものだ! なよたけ! なよたけ※[#感嘆符二つ、1−8−75]
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同時に、多数の男女の哄笑《こうしょう》が爆発する。
上下幕が静かに下る。
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第三場(幻想の辻広場)
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ひざまずいている文麻呂を前にして、平安人達が男女群をなして取り巻いている。嘲笑《ちょうしょう》、私語。気違い、気違いなどと囁《ささや》き合っている。……文麻呂の背後には、正装した大納言大伴ノ御行。……
舞台中央には、華麗な御所車が一台止っている。美麗な装飾をほどこした竹簾《たけすだれ》がかかっていて内部は見えない。
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御行 そう云うわけで、皆さん、間もなく皆さんの前に連れ出してお目に掛けますが、あの御所車の内にいらっしゃるお姫様も、やっぱり多少この辺が(と頭に手をやって)どうも、……妙《みょう》ちきりんなのです。
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また哄笑が爆発する。一通り哄笑が終ると、一同は改まって、大納言に慇懃《いんぎん》な御辞儀《おじぎ》をする。それが済《す》むと、再び私語・囁き。
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御行 分りましたかな?……そう云うわけですでな、……こちらにいらっしゃるこのお若い汝夫《なせ》の君と、あちらにいらっしゃるそのお姫様とを、ひとつ、皆さんの前でめあわせてみたらどうか、とまあこう考えてみたわけなのですよ。
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また哄笑が爆発する。それから、一同改まって大納言に慇懃な御辞儀。……
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男4 大納言様。それは本当に面白いお考えでございます。
女6 本当に面白い思いつきでございますわ。
御行 でしょう?……いや、これは私が、この年《ねん》に一度の葵祭《あおいまつり》の吉日を選んで、皆さんを喜ばせて上げようと思って、一月も前から考えていたことなのですよ。それを、あなた、どなたか知らんが、まあ大変な誤解をなさったもんですよ。まるで、この物狂いの娘が、人もあろうにこの私の所にお輿入《こしい》りをするかのように云いふらしたのですからね。いや、もう、お蔭でこの大納言、とんだ迷惑《めいわく》をしましたよ。しかも私にはれっきとした奥の方がいるんですよ? まあ、噂をなさるのも時には愛嬌《あいきょう》があっていいものですが、いくらなんでも、そんな、あなた、根も葉もない噂を都中にふれ廻されたら、どんなお人好しの大納言だって、そりゃ、あなた、怒りますよ。
文麻呂 (悪夢から我に返ったように)……嘘《うそ》だ! そんなことはみんな嘘だ!
女10[#「10」は縦中横] あらッ! この人何か言ったわ!
男2 大納言様! いくらか正気づいて来たようでございますよ。
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男女達、再びがやがやと私語をしながら、文麻呂の様子を好奇的《こうきてき》に眺めはじめる。
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御行 おや、文麻呂殿。……少しは気分がよくなって来ましたかな?……さあ、それでは、この機会を見計らって、なよたけ姫の「聟取《むこと》り」の式をあげることに致
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