しましょうかな。どうも、花聟の方が揉烏帽子《もみえぼし》にこの恰好《かっこう》ではあまりぱっとしませんが、さあ、文麻呂殿、お立ちなさい。……あなたの恋いに焦《こが》れたなよたけが待っているのですよ。(文麻呂をたすけ起す)
文麻呂 (狐《きつね》につままれたように大納言に手をとられて、立上る)
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男女の群集は、得たりとばかり、中央に道を開く。……
大納言に手をひかれて、中央奥、御所車の方へ歩いて行く石ノ上ノ文麻呂。
きらびやかな御所車はまるで「祭壇」のように神秘を孕《はら》んで立っている。
両側の群集は何か素晴らしい見世物《みせもの》を期待するかのように、しーんと静まり返って、この儀式を見物している。
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御行 (御所車の前まで文麻呂を連れて行って)この中にあなたの思い焦れるなよたけの君がいるのです。文麻呂殿。なよたけはあなたのものです。なよたけははじめっからあなたのものだったのですよ。
文麻呂 (茫然《ぼうぜん》として、御所車の前に佇立《ちょりつ》したまま、動かない)
御行 どうしたのです。え? 文麻呂殿。……嬉しくはないのですか?……それとも私の云うことを信じないのですか?
文麻呂 ………
御行 (意地悪そうに笑って)……さて、それでは大納言の信用が丸潰《まるつぶ》れになってしまう。早速なよたけの君にお引合せすることに致しましょうかな?……錦丸《にしきまる》! では、早速|竹簾《たけすだれ》の紐《ひも》を引いて下さい。
侍臣《じしん》 かしこまりました。
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御所車の竹簾がするすると上った。その向うになよたけが立っている。……燦《きら》めくばかりの美しい衣裳《いしょう》を身にまとった、生れ変ったように美しいなよたけが立っている。……
片手には青々とした竹笹《たけざさ》の枝を持っている。……文麻呂は言葉も出ず、信じられぬかのように美しいなよたけの姿を仰ぐ。
男女の群集、私語でざわめき始める。
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御行 さあ、なよたけ。……あなたの聟君《むこぎみ》のいらっしゃる所に着いたのですぞ。さあ、下りなさい。(彼女の手をとって、車から下ろそうとする。なよたけは空《うつ》けたように云うがままになる。彼女の手にした竹の枝をみて)おや、おや、大変なものをお家《うち》から持って来たんですね。(男女の笑声)まあまあ、それは持っていなさい。持っていた方があなたには似合います。(男女の笑声)
文麻呂 なよたけ!
御行 さあこちらのこの汚《きた》ない恰好《かっこう》をしたのが、あなたの聟君です。
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男女達、腹を抱えて笑う。
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なよたけ (やっと文麻呂に気がついて)……文麻呂! (文麻呂の胸にすがりつくと、急に気がゆるんだように、大声を上げて、泣き出す。……)
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男女の哄笑《こうしょう》、再び爆発。
突然、物凄《ものすご》い電光と同時に、天地の揺らぐような雷鳴。……あたりはみるみるうちに暗くなった。烈《はげ》しい豪雨《ごうう》が降り出した。男女の群集、恐怖の声を上げて、消え失せる。二人の外には、大納言だけが仰天《ぎょうてん》したような顔をして、残る。
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御行 (空を見上げ、歯の根も合わぬ震《ふる》え声)ああ、こ、これは大変な天気になって来た! あ、あなた方も、さ、早く!……なにをそう呑気《のんき》に抱き合ったりなぞ、しているのです! こ、これはひどい雨だ! さ、さ、あなた方も早く……
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再び、前よりももっと烈しい電光と、続いて雷鳴。大納言は叫び声を上げて消え失せる。
二人は何の物音も感じないかのごとく、驟雨《しゅうう》の中に、寄り添って立っている。……もう一度最も烈しい電光。……雷鳴なし。
やがて、……
烈しい雲脚《くもあし》が次第次第に薄らいで行く。……あたりがだんだんだんだん明るくなって来た。……
長い間、身動きせず、無言のまま寄り添って、二人は立っている。
再び至福の太陽が雲間から、輝き出た!
雨に濡《ぬ》れて、あたりは金色に輝くごとく……
見よ! 大きな虹《にじ》があらわれた!
きらきらと輝く御所車の上つかた、斜めに天空へかかっている。
なよたけは文麻呂の胸に埋《うず》めていた顔を上げる。なよたけの涙も止った。輝かしい、この上もなく輝かしいなよたけの微笑《ほほえ》み。
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文麻呂 なよたけ!
なよたけ 文
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