て浮游《ふゆう》しているかのようだ。
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小野 なかなか大した装束《いでたち》ではないか?
文麻呂 (両手を拡げて)これか? あははは。虚飾《きょしょく》をはぎとったのだ。本然の姿に戻ったのだ。剣刀《つるぎたち》身に佩《は》き副《そ》うる丈夫《ますらお》のいでたちとはこれだ! あはははは。どうだ!
小野 (気味悪そうに)大したものだよ。……ところで君はこれから何をしようと云うのだ?
文麻呂 なんだって!
小野 いやつまりだね、具体的に云って、どう云うふうにことを運ぶつもりか、と聞いているんだ。
文麻呂 分りきっているじゃないか!……なよたけは車にのせられて、間もなくここへやって来るのだ!……俺と清原はここで待ち伏せをして、大納言の魔手《ましゅ》から彼女を救い出すと云う段取りさ。……具体的も糞《くそ》もあるもんか! 問題は、なよたけを大納言の手から救い出せばそれでいいんだ。
小野 それがいけないんだよ。
文麻呂 なんだ?
小野 それがいけないと云うのだよ!……君は何をやるんでも、慎重な計画を立てずに、衝動的にやってしまう。何のことはない、向う見ずの馬車馬だ。盲滅法《めくらめっぽう》と云う奴だ。それでは必ずことを仕損《しそん》じるよ。物事はまずはっきりと条理《すじみち》を立ててから……
文麻呂 よけいなお世話だ! 貴様なぞには分るものか! 俺はただ、天の呼び声に応《こた》えて、正しいと確信する道を進むだけさ! なよたけを救い出すのは、俺が天から受けた命令だ! 道を開いてくれるのは天だ! 天は正しきものに味方するんだ!
小野 まあまあ、何もそう大声を立てなくってもいいではないか! もう少し冷静になってくれ。……もう少し現実的に物を考えてみてくれんか? 例えばだ、なあ石ノ上、天の命令はいいが、君の行動が社会にどう云う影響を及ぼすか、と云うことを考えてみたことはないか? あるいはまた他人の眼にどう映るか、と云うことを考えてみたことはないかい? 君のやろうとしていることは、考えようによっては実に大変な一大事なんだぜ。俺に云わせれば君一人のために平安の都全体が鳴動するかもしれぬほどの大事《おおごと》を孕《はら》んでいる。……それほどの一大事が、今、刻々と近付いて来つつある。何だか俺にはそんな気さえして来た。いいかい? 石ノ上。俺は何も今更、君の行動を阻止《そし》しようとか、妨害しようとか、そんな気持は微塵《みじん》もないんだぜ。これは親友としての俺の最後の忠告だ。いいかい? 慎重に反省して、事を運んでくれよ。千載《せんざい》に恥をさらすような真似は絶対にしてくれるなよ。うっかりすると、君の一生は滅茶滅茶《めちゃめちゃ》になってしまうからな。やり損《そこな》ったら最後、君はどんな眼に遭《あ》うか分らんのだ。全く、危険|極《きわ》まる仕事なのだ。
文麻呂 あははははは。
小野 何が可笑《おか》しいのだ?
文麻呂 いや、別に可笑しいわけではないが、貴様もやはり哀れむべき凡人の仲間の一人であったか、と思ってね。御多分に洩《も》れず、貴様もあんなあな[#「あんなあな」に傍点]に操《あやつ》られている組だ……。
小野 (いよいよ不気味そうに石ノ上の眼差《まなざし》を詮索《せんさく》して)石ノ上!……どう云うことなんだね、一体、君の云うその「あんなあな」とか云うのは?
文麻呂 君はまだ分らんのか? 教えてやろう。そいつは、頼みもしないのに、俺達を唆《そその》かして、おけらの足に糸をつけ、玩具《おもちゃ》の車を引張らせる奴さ。帆立貝《ほたてがい》の中に俺達を閉じ込めて、宇宙《うちゅう》の真底を見せてくれない奴さ。……まあ、俺達の過去をふりかえってもみろ! 何と云うこせこせしたくだらぬ風俗だ! 何と云う汚らわしい些細《ささい》な熱狂に時を忘れていたことだ! 俺達はおけらの足に糸をつけて、玩具の車を引張らしていたに過ぎないのだ!……なんだ? なんでそう俺の顔をしげしげとみつめるのだ!
小野 石ノ上。……君は少し疲れているようだ。疲労のために心が乱れているようだ。……何かこう特別に工合が悪いと云うようなところはないのか? 例えば、頭が痛むとか、夜眠れないとか?
文麻呂 眠れないのではない。眠らないのだ。なよたけのことを思うと、夜なぞ安閑《あんかん》と眠っておられんからな。
小野 いや、それがいけないんだよ。……そう云う不摂生《ふせっせい》をやるから、君は正常な心の均衡《きんこう》を失ってしまうのだ。……石ノ上。それではこう云うようなことはないかい? 例えば、ふだん見たこともないようなものが見えて来るとか、聞いたこともないようなものが聞えて来るとか。
文麻呂 (自信をもって)あるね!
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