蝶 なよたけ! さあ! 早く、早く!
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(舞台、再びもとの通りに移動)
なよたけ、家の土間の中へ駆け込む。
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なよたけ お父さん! またいつもの変な人がやって来たのよ。うまく追い返して頂戴《ちょうだい》!
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造麻呂、黙ってうなずき、素知《そし》らぬ顔で竹籠《たけかご》を編み続ける。なよたけ、竹簾《たけすだれ》を下して、右手奥の部屋に消える。
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けらお (空を見上げ)悪い雲がやって来たぞイ! お天道様の御機嫌が悪くなって来たぞイ!
蝗麻呂 冷い風が吹いて来た!
みのり 小鳥もみんなどこかへ行っちゃった!
胡蝶 あたしお家へ帰ろう!
雨彦 みんな、お家へかくれて待ってよう!
こがねまる おい! じゃ、みんな、またあとでな!
わらべ達 (思い思いに)またあとで! またあとで! またあとで!………
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わらべ達、散り散りばらばらに消えてしまう。竹の林がにわかにざわざわと鳴りひびき始めた。……あたりは急に曇って薄暗くなってしまった。なよたけの琴の音が、右手の方から聞えはじめる。………

大伴《おおとも》ノ御行《みゆき》、粗末な狩猟《かり》の装束《しょうぞく》で、左手より登場。中年男。荘重《そうちょう》な歩みと、悲痛《ひつう》な表情をとり繕《つくろ》っているが、時として彼のまなざしは狡猾《こうかつ》な輝きを露呈《ろてい》する。………
しばらくは外で躊躇《ちゅうちょ》しているが、思い切ったように土間の敷居《しきい》の所に姿をあらわす。
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御行 こんにちは、……お爺《じい》さん。
造麻呂 (ちょっと会釈《えしゃく》を返して、後は素知らぬ顔で、竹籠を編んでいる………)
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間――
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御行 先日の手紙《ふみ》は、……あのひと……読んで下さいましたか?
造麻呂 (相変らず仕事を続けながら、冷淡に)さあ、どうですか、……まあ、渡すには渡しときましたがね。……何せまだ字もろくに読めないほんの田舎者《いなかもの》の小娘でござりまするで、
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