遊びごと」だけは今後|是非《ぜひ》とも止めて欲しいもんだな。
文麻呂 (烈《はげ》しく)遊びごとではありません!
綾麻呂 (びっくりする)
文麻呂 (涙さえ含んで)お父さん、少くとも僕にとっちゃあれは決して「遊びごと」ではないつもりです。僕達の「詩《うた》」があんな巷《ちまた》で流行しているような下らない「恋歌」のやりとりと一緒くたにされては、僕は……情無くなって、涙が出て来ます。お父さん。僕はきっと立派な学者になってみせますよ。お望みなら「文章博士」にだってなります。ただ、詩《うた》だけは作らせて下さい。「文章博士」が経書の文句の暗誦《あんしょう》をするだけなら、あんなもの誰《だれ》だってなれます。だけど、そんな知識を振翳《ふりかざ》したって何になるでしょう。そんな学問はただの装飾です。いくら紅《くれない》の綾《あや》の単襲《ひとえがさね》をきらびやかに着込んだって、魂《たましい》の無い人間は空蝉《うつせみ》の抜殻《ぬけがら》です。僕達はこの時代の軟弱な風潮に反抗するんです。そして雄渾《ゆうこん》な本当の日本の「こころ」を取戻《とりもど》そうと思うんです。僕達があんな下らない「恋歌」や「恋愛心理」にうつつをぬかしているとお思いになるんでしたら、それこそそれは大変な誤解です。今、僕達の心を一番|捉《とら》えているのは、例えばそれはお父さん、……これなのです。(懐《ふところ》から一冊の本を取り出す)
綾麻呂 よろずはのあつめ……
文麻呂 万葉集って読むんです。
綾麻呂 奈良朝のものだな?
文麻呂 お父さん。これこそ僕達の求めてやまぬ心の歌なのです。
綾麻呂 巧《うま》い歌があるのかな? (黙って頁を繰《く》っている)
文麻呂 読んでごらんなさい。どこでもいいから、お父さん、ひとつ読んでごらんなさい。
綾麻呂 (何気なく開いたところを読み始める。夕日が赤々と輝き始める)玉だすき 畝火《うねび》の山の 橿原《かしはら》の 日知《ひじ》りの御代《みよ》ゆ あれましし 神のことごと 樛《つが》の木の いやつぎつぎに 天《あめ》の下 知ろしめししを そらみつ やまとをおきて 青によし 平山《ならやま》越えて いかさまに 思ほしけめか 天《あま》さかる 夷《ひな》にはあれど 石走《いわばし》る 淡海《おうみ》の国の ささなみの 大津の宮に 天の下 知ろしめしけむ すめろぎの 神の
前へ
次へ
全101ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 道夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング