! 誰だと思う?
清原 恋敵?
文麻呂 そうさ、清原。……貴様の手からなよたけを奪いとろうとしている憎むべき男がひとりいるのだ。
清原 (その言葉にきっとなり、………むしろ傲然《ごうぜん》と)それは誰だ!
文麻呂 大納言、大伴ノ御行だ。
清原 えッ!
文麻呂 (快心の微笑をもって)大伴の大納言様だよ。
清原 (全身の力、一時に消滅し、気絶するもののごとく、文麻呂の胸によろよろと倒れかかる。………)
文麻呂 (支えながら、狼狽《ろうばい》し)おい。清原! 清原! 清原!……衛門ッ!
[#ここから2字下げ]
烈しい強風の中に………
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]――幕――

  第二幕――一幕より数日後

     第一場

[#ここから2字下げ]
幽麗《ゆうれい》なる孟宗《もうそう》竹林を象徴的に描いたる上下幕の前で演ぜられる。
石ノ上ノ文麻呂、清原ノ秀臣、右手より登場。
清原ノ秀臣は文麻呂の後に従って、何やらそわそわと、ひどく落着きがない。云わば、気もうつろである
[#ここで字下げ終わり]

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂 全く、こりゃすごい竹林だ。……これじゃ、方角も何も皆目《かいもく》分ったもんじゃないね。……大体、我々はこれで確かになよたけの家の方向へ進みつつあるのかい? 清原。……本当に確かなんだな?
清原 確かなんだ。
文麻呂 確かにこの竹林なんだろうな?
清原 これなんだ………
文麻呂 (頼りな気に)で、……なにかい? だいぶあるのかい、まだ?
清原 もうすぐなんだ。……あっちの方なんだ。
文麻呂 それなら、もういい加減にそろそろ見えて来てもいい頃じゃないか?
清原 ……ん、……でも、なよたけの家は竹林の真中にあって、竹で出来てるんだ。……だから、すぐ傍《そば》まで行かないと見えないんだ。
文麻呂 ふーん?……保護色なんだね?
清原 ん、……そうなんだ。
[#ここから2字下げ]
文麻呂は清原の煮《に》え切らぬ態度を不愉快《ふゆかい》に感ずる。励ますように………
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂 どうだい、清原。それじゃこうしようじゃないか。つまり、なんだよ、……大納言がやって来るまでにはまだ少しばかり間がありそうだから、しばらく我々はここに腰を落着けて、待伏せしていようで
前へ 次へ
全101ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 道夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング