間《ま》は一体いつまで続くと云うのじゃろうか? これは、見果てなき常世《とこよ》の夢じゃ。そうじゃ、儂は見果てなき常世の夢に生きている。……お若い方、貴方にはこの儂の姿が見えるのかな? 儂がここにこうして立っている姿が貴方には本当に見えるのかな? あの世語りの竹取翁はこの竹の林の中に生きておりまするのじゃ。讃岐ノ造麻呂はこの通りここにこうして生きておりまするのじゃ。……
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翁は文麻呂から数歩離れた所に、まるで石像のように立ったままじっと動かない。日没前の異様な輝耀《きよう》を竹の緑に反射させて、夕陽が西の方に沈んで行った。文麻呂は何やら不可解な神秘に取《と》り憑《つ》かれたように、言葉もなく翁の姿を凝視《みつ》めている。
あたりは次第に暗くなって行く。……
翁の姿は、残像のように、夕闇の中に取り残されている。……
山鴿《やまばと》が遠近《おちこち》で、急に申し合わせたように鳴き始めた。
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竹取翁 おう、山鴿が鳴き始めた。……儂《わし》にはもうあれの唄う可愛らしい唄声も聞えなくなってしまった。……儂はまるでつい昨日のことのように覚えている。あの子は山鴿が鳴き始める頃になるときまって唄をうたい出したものじゃ。山のわくらべどもと一緒になって、可愛い声を出して唄をうたい出したものじゃ。……儂にはもうそれさえ聞えなくなってしもうた。あれはもう二度と儂の前に姿をあらわしては来ぬような気がする。あれにはもうこの儂が必要ではなくなったのじゃ。なよたけのかぐやは竹取翁を見離して行きまする。この儂を見棄《みす》てて、貴方のものになるのじゃ。あれにはもうこの竹の里は要《い》らぬものになってしもうた。……御覧なされ。なよたけを失うたこの伝えの里はだんだんと荒れすさんで行きまする。……おう、風じゃ。滅《ほろ》びの風が吹きつのりはじめた、……この伝えの里は儂と共に滅びて行きまするのじゃ。……お願い致しまするぞ。儂に代ってなよたけのいいつたえを信じて下され。儂に代ってなよたけを夢みて下され。
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竹の葉に不気味な音を立てて、強い風が吹きつのり始めた。竹の落葉が烈しい渦《うず》を巻いて、二人の足許に乱れ散り始める。風の音に交って、不安げな山鴿の声、しきり。
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