筒の中が光っておりますのじゃ。更によくみると、その中に小さな娘がひとり立っておりましたのじゃ。……それがあのなよたけのかぐやじゃった。……おう、儂はどんなにか待ちこがれておったことじゃろう。なよたけの赫映姫《かぐやひめ》はとうとうこの儂に授けられたのですじゃ。
[#ここから2字下げ]
わらべ達の声、微かに遠く………

だまされた だまされた
あんなあな[#「あんなあな」に傍点]にだまされた
なよ竹は大納言の手先だぞ。

[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂 お爺さん!
竹取翁 終《しま》いまでお聞き下され。儂の話を黙って終いまでお聞き下され。なよたけのかぐやがこうして生れたのですじゃ。長いこと待ちあぐんでいた儂の夢が正夢となって現れたのですじゃ。……お若い方。儂は信じておった。本当にあのなよたけが儂と一緒にいると信じておった。儂はまるで宝物を扱うように、大事に可愛がり育てましたのじゃ。そのうち、あの娘の容貌《かおかたち》の清らかに美しくなって行くこと、それはもう云うに云われぬほどで、そのために家の中は暗いところもなく、いつの日も光り輝いているようであった。儂《わし》が何かやまいで気分が悪しく、胸内が苦しいような時でも、あの子が眼の前にあらわれると、おのずとその苦しさが止むのじゃ。また、何か無性《むしょう》に腹の立つ時でも、あの子があらわれれば、やんわりと心が静まってしまうのじゃ。……なよたけのかぐやはこの儂のたったひとつの生《い》き甲斐《がい》じゃった。……そうこうするうちにあれは眼の覚めるような綺麗《きれい》な娘になって行った。世の中の男どもは、あれの美しさに惹《ひ》きつけられて、我も我もとこの儂のところに云い寄って来ては、執拗《しつこ》くあれを所望したが、誰《だれ》も彼もみな一時の浮気心であれを我物にしようとする色好みの愚《おろ》か者《もの》ばかりなのじゃ。あれの生い立ちを話して聞かせても、一人として信ずる者はおりませなんだ。儂の話を本当にせぬばかりか、終いには、皆、寄ってたかってこの儂を物狂い扱いにして、見向きもせんようになってしもうた。儂はまことの心で儂の話を聞き入れてくれる人はもうこの現《うつ》し世《よ》には一人もおらぬものと諦めてしもうた。……儂が己《おの》が力で己が現《うつ》そ身《み》を捨てて行ったのじゃ。……
前へ 次へ
全101ページ中73ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
加藤 道夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング