い姿。……唄をうとうているあれの可愛い声。……あれは今でも時々この儂の眼に儂の耳にはっきりと蘇《よみがえ》って来はする。だが、あれは儂にはもうまるで遠い昔の夢のような気が致しますのじゃ。……(翁は無限に遠くの世界を思い浮べる心)……おう、あれはいつのことじゃったろう?……貴方はあれがどこから生れ出たか御存知かな? あれは、本《もと》光る若竹の筒《つつ》の中から生れ出たのじゃ。……儂にはもうはっきりとは思い出せない。……まるで、何千年も遠く過ぎ去った昔のことのような気がする。……かと思うと、つい昨日のことだったような気もする。……時には、あれは自分とはまるで縁もゆかりもない遥《はる》かな遠つ世の語り伝えだったような気さえ致しますのじゃ。

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 合唱

げにうつし世は 夢ならむ
げにうつし世は 夢ならむ
何事もみな 思い出の
伝えは遠き 竹の里の
いつの名残《なご》りをとどめてや
いつの名残りをとどめてや
これやこの 遥けくも古《ふ》りにし伝え
跡や残るらむ 跡や残るらむ
聞えは朽《く》ちぬ世語りの
なよ竹山に翁ありけり
なよ竹取の翁ありけり
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竹取翁 聞いて下されますか?……お若い方。なよたけのかぐやの世語りを聞いて下されますか? 儂の娘の生い立ちを聞いて下されますか?
文麻呂 聞きます、お爺《じい》さん。なよたけの話なら、僕は喜んで聞きます。
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わらべ達の声、微《かす》かに遠く………

だまされた だまされた
あんなあな[#「あんなあな」に傍点]にだまされた
なよ竹は大納言の手先だぞ
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竹取翁 (静かに語り始める)今は昔、竹取の翁と云う者がおりましたのじゃ。もとより、人目も稀《まれ》な竹山の隠れ里に住まう、しがない世捨人《よすてびと》、……野山にまじりて、竹を取りながら、それで竹籠《たけかご》なんぞを編んでは、細々とその日その日の生計《くらし》にあてておりましたのじゃ。……その名は、讃岐《さぬき》ノ造麻呂《みやつこまろ》と申した。……ところがある日のこと、そうして竹を取っていると、その中に本《もと》光る竹が一本あるのに気がついたのじゃ。……不思議に思うて、ふと、近付いてみると、その
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