えって)どなたかな? こんな山奥に……
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(竹取翁は姿も声も全く第二幕と同じ讃岐《さぬき》ノ造麻呂《みやつこまろ》であるが、翁《おきな》の「面」をつけている。話し振りは非常にゆっくりと穏かに)
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文麻呂 僕です。僕ですよ。文麻呂です。……
竹取翁 (合点が行かぬと云うふうに、文麻呂をしげしげと眺め)おう、……旅のお方じゃな? 今時分、またどちらへ?……都へ上《のぼ》ろうとなされるのか、それとも……
文麻呂 僕は都を棄《す》てました! お爺さん! 僕は都を棄てて、なよたけの所へやって来たんです!……もう僕は二度と再び都へなんか帰りはしません。この竹林の中で一生暮すんです。なよたけと一緒に一生暮すんです。……お爺さん! 許して下さるでしょう! 僕はもう自由です。僕は都の人達からは見棄てられてしまった。親しい友達までが僕を裏切ってしまった。だけど、僕にはなよたけがついているんです。僕はなよたけが好きです。死ぬほど好きです。なよたけも僕を愛してくれます。お爺さん! なよたけを僕に下さるでしょうね!
竹取翁 何を云っておられるのかな?……儂《わし》にはどうも貴方《あなた》のおっしゃることがよくのみ込めんのじゃが……
文麻呂 お爺さん! もう、これ以上僕を苦しめないで下さい。僕は道に迷ってしまって、ずいぶん探したんですよ。どこまで行っても、お爺さんの家は見えて来ないんです。どっちを向いても、あたりは一面の竹の林だけなんです。まるで、僕はみんなが申し合せて僕を騙《だま》しているんじゃないかと思ってしまった。……この竹の林までが、何だか僕を目の敵にして苦しめているような……
竹取翁 貴方は一体どなたじゃな?
文麻呂 ? ? ?
竹取翁 貴方は一体どなたなのじゃ?
文麻呂 (何やら不可解な神秘をひめた翁の姿にぎょっとして、その顔をまじまじと凝視《みつ》める)
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深い沈黙――
不吉な幻聴《げんちょう》のごとくわらべ達の声が聞えた。

だまされた だまされた
あんなあな[#「あんなあな」に傍点]にだまされた
なよ竹は大納言の手先だぞ。
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文麻呂 (云い知れぬ不安にとらわれたように)……貴方は、……貴方はな
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