小鳥のように、なよたけ、右手奥へ消える。……
文麻呂、何やら掴《つか》み難い不安にとらわれたような面持《おももち》で、彼女の去った方向を見送っている。
……突然、虹が消えた。
不意に、左手奥の方から、何やら不吉な幻聴《げんちょう》のごとく、わらべ達の声が聞えた。
だまされた だまされた
あんなあな[#「あんなあな」に傍点]にだまされた
なよ竹は大納言の手先だぞ。
文麻呂は、はっとした面持で、怪訝そうに左手の声の方向にふりかえる。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]――幕――
第四幕
第一場
[#ここから2字下げ]
開幕前、「合唱」が低く聞えて来る。
合唱
白雲の たなびく里の
なよ竹の ささめく里の 天雲の
下なる人は 汝《な》のみかも 天雲の
下なる人は 汝のみかも 人はみな
君に恋うらむ 恋路なれば………
われもまた 日に日《け》に益《まさ》る
行方《ゆくえ》問う心は同じ 恋路なれば………
契《ちぎ》り仮なる一つ世に
踏み分け行くは 恋のみち
踏み分け行くは 恋のみち
静かに幕があがる――
竹模様に縁取られた額縁《がくぶち》舞台。
額縁舞台には緑色の薄紗《ヴェール》が幾重にも垂《た》れ下っている。
その奥の方から、竹を伐《き》る斧《おの》の音が忘我の時を刻むごとく、ひびいている。……
前舞台、左手より旅姿の石ノ上ノ文麻呂が現れる。しばらくは、耳を済ませて立止っているが、斧の音に吸い寄せられるかのように、額縁舞台の方へ歩み寄って行く。音もなく緑色の薄紗が次々に繰り上って行く。
場面は深遠なる竹林の奥。あたりは一面の孟宗竹が無限に林立し、夕陽が竹の緑に反映して、異様に美しい神秘境を醸《かも》し出している。あたりの空気は淀《よど》んだように寂然《せきぜん》としている。中央に小さな空地があり、竹取翁が、後向に坐って、じっとこぐまったまま、無心に竹を伐る斧を振っている。文麻呂は、しばらくは夢でも見ているかのように、翁の後姿を眺めている。…………
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
文麻呂 お爺《じい》さん!
竹取翁 (斧を振う手を、ふと止めて、訝《いぶか》しげに、後向きのまま耳を澄ます)
文麻呂 お爺さん!……ここです。ここですよ、お爺さん!
竹取翁 (そうっと[#「そうっと」に傍点]振りか
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