ほんとにねえー
○
どうもおかしい まてよ
○
あら どこへ行つたんだらう
○
テン太郎さんばかり面《おも》白い夢《ゆめ》をみてつまらないな
あ、さうだ さうだ ニャンちやんは火星《くわせい》の看護婦《かんごふ》さんからリボンをもらつたんだよ
まあ! ほんとう……なら……うれしいけど
○
これぢや これぢや
○
テン太郎 お前《まへ》はいつかお父さんの書斎《しよさい》でこんな本を見たことがなかつたかい
どんな本です 僕《ぼく》ときどきお父さんの本を見ますから
○
この本ぢや どうだ こういふ絵《ゑ》を見たことがなかつたか
あッ! あつた 見ましたよ
○
これが ミルチス・マジョルぢや
○
うーむ わかつた それぢや!
お前は本を見て頭《あたま》の底《そこ》に名前を覚《おぼ》えた それが夢《ゆめ》の中にフッとでてきたといふわけぢや
きつとさうだ
○
お父《とう》さん ほんとに僕《ぼく》が火星《くわせい》へ行つたと思つたんですか
さうは思はんが ほんとうの名前を言《い》つたんで わしもびつくりしたよハヽヽヽヽ
ホホヽヽ
○
テン太郎は夢で、だいぶ火星の嘘《うそ》を頭に仕込《しこ》んだから わしの研究室《けんきうしつ》へおいで ほんとうを見せてあげやう
うれしい! 今日《けふ》みんな行かうね
いつていらつしやいませ
[#改ページ]
人間《にんげん》のヒゲと猫《ねこ》のヒゲ
○
テン太郎さん あんた大きくなつたら天|文学者《もんがくしや》になるの
僕なるんだ
いいなあ さうして火星へロケッ[#「ロケッ」はママ]飛《と》んで行くの
○
いやだい 火星に行くのは やつぱり地|球《きう》に住んでゐるのがいいよ
あら 弱虫《よわむし》の天文学者に なるのね
○
だつて お父《とう》さんやお母《かあ》さんのゐない所へ行くのはいやだい
○
ぢや 君たちも僕《ぼく》といつしよに火星《くわせい》へ行く どう?
ピチクン あんたどう
あんまり気が進《すゝ》まないな
○
やあい 君たちだつて弱虫《よわむし》だい
行けても 帰《か》へれなくなつたら困《こま》るわ
○
ニャンちやんは大きくなつたら何になるの
大きくなつても 猫《ねこ》よりほかに何にもなれなくてつまらないわ
そんなことをいへば 僕だつて犬より出世《しゆつせ》はできないや
○
それでもいいの 鼠《ねずみ》を上手《じやうず》にとれるやうになれば……
さうだ さうだ
みんな本分《ほんぶん》をつくせばいいんだ
○
あ! 天|文台《もんだい》の庭でお父さんがこつちを見てゐる
早く行かう
走れ! 走れ!
○
ほう よく来た、何にをみんなでしやべつてゐたんだ
ニャンちやんとピチ君が天|文学者《もんがくしや》になれないつて悲観《ひくわん》してゐたんです
○
アハハハ それは考《かんが》へちがひぢや
ニャン子 お前のヒゲは何のためにある
このヒゲですか 鼠《ねずみ》をとるために大|切《せつ》なものです
○
では どういう風《ふう》に使ふか やつてごらん
ハイ 世間《せけん》では猫《ねこ》はどんな暗《くら》やみでも見えるといひますが嘘《うそ》です
少しも光のない暗《くら》い所では目は見えませんから
○
さういふ時にかういふ格構《かくかう》でヒゲをかうして床《ゆか》にさはつて歩いて鼠の居《ゐ》さうな所をさがすのです
○
だから人|間《げん》はわたしたち猫のヒゲを切つてはいけません
○
そらごらん 猫のヒゲはそんな立派《りつぱ》な使ひ道がある
ところで この人間のヒゲは何のために生へてゐるか
あゝわかつた 威張《いば》るためについてゐるんだ
ハハハおかしいな
○
ハハハ その通りぢや それからニャン子は足《あし》をなめたり 耳や鼻《はな》を何|度《ど》も洗ふときがあるね
ええ それは雪|降《ふ》りや嵐《あらし》がやつて来る前 お天気が変《かは》りさうになるからです
○
それごらん 天気の変《かは》り目をちやんと知るのは天|文学者《もんがくしや》より偉《えら》いんだよ
猫《ねこ》だつて 偉いんだなア
ほんとだ
そんなにほめられるとあたし恥《はづ》かしいわ
○
やあ ニャン子がほめられてすつかり恥かしがつてゐるよ
ニャンちやん そんな顔《かほ》をするとこつちが恥かしくなつてしまふよ
あれ、こんどはピチ君が恥かしがつてゐらア
○
(火星実験室《くわせいぢつけんしつ》)
ここが特別研究室《とくべつけんきうしつ》だ さあ みんなお入り
へんな建物《たてもの》だなあ
○
やあ おかしいなあ 中ががらんどうだ
なんだか薄気味《うすきみ》がわるいわ
さあ そこに丸窓《まるまど》や扉《とびら》があるから のぞいてごらん
○
やあ おどろいた ここの部屋《へや》は二|重《ぢゆう》になつてゐる
機械《きかい》がぎつしりあるわ
ここは何にをするところです
いま いろいろの実験《じつけん》をやつて見せやう
○
さあ みんなマスクをかけ給《たま》へ
ニャンちやん マスクのかけ方がさかさまだよ
あら さう
○
マスクつて変《へ》んな格好《かくかう》のものね
そのマスクは酸素吸入器《さんそきふにふき》にもなつてゐるんだ
みんなタコのお化《ば》けのやうだ
○
おや お父《とう》さんだけマスクをかけないんですね
わしは次《つぎ》の室《へや》だ 最初《さいしよ》この部屋《へや》を火星《くわせい》の状態《じやうたい》にする
○
何が始《はじ》まるんだらう
お父さん あんまり恐《こわ》いことをしないでね
なんぢや 科学者《くわがくしや》の子がそんな弱音《よわね》を吐《は》いて
○
もし危険《きけん》なことが起《お》きたら 扉《ドア》をあけてそとに出たらいい
○
説明《せつめい》はその壁《かべ》にうつる仕掛《しかけ》になつてゐる
みんな用|意《い》はいいか
イイデス……
なんだ 情《なさ》けない声《こゑ》を出すね
○
あれ お父《とう》さんが隠《かく》れてしまつた
やあ 機械《きかい》のうなる音がしだした
(ブルン ブルン ブルン)
テン太郎さん 大丈夫《だいぢやうぶ》かしら
○
(ブルルン ブルルン ブルブル ピューキャタ キャタ キャタ ホホホヽ)
?
?
あれまあ 機械が笑《わら》ひ出したわ
○
や 映写板《えいしやばん》に何にか映《うつ》つた
やあ これは面《おも》白い
(これからこの部屋《へや》の空気《くうき》をかき出《だ》してしまふ。)
○
(ガッタン ガッタン ガッタン)
(火星《くわせい》の直径《ちよっけい》は四千二〇〇哩《まいる》ある 地球《ちきゆう》の半分《はんぶん》よりちよっと長《なが》いくらいだ。)
○
あら? わたし体《からだ》が軽《かる》くなつてきた
おかしいなあ しやぼん玉《だま》のやうに軽いぞ
やあ 面《おも》白い 面白い
○
飛《と》んだり 跳《は》ねたり 愉快《ゆくわい》だなあ!
やあ 面《おも》白いなあ
いくらでも跳《と》べるわ
(火星《くわせい》の重力《じゆうりよく》は 地球《ちきゆう》の五|分《ぶん》ノ二しかない。だから君達《きみたち》の重《おも》さも五|分《ぶん》ノ二にへった。)
○
体《からだ》が軽《かる》くて気持ちがいい
(地球《ちきゆう》で百五〇|封度《ポンド》の重《おも》さの人間も、火星《くわせい》では六〇|封度《ポンド》になる。人は地球《ちきゆう》にゐるときよりも二|倍半《ばいはん》高《たか》くとべる。)
○
(いま実験室《ぢつけんしつ》は火星《くわせい》のやうになってゐる。酸素《さんそ》・窒素《ちつそ》・水蒸気《すいじやうき》なんどは有《あ》ってもとても少い。)
あれ酸素《さんそ》が少いんだつて マスクがとれたらみんな死んでしまふぞ
まあ おそろしい
それぢや火星《くわせい》には人|間《げん》なんかゐないや
○
酸素がなくちや猫《ねこ》だつて住めないわ
(火星《くわせい》には水《みづ》も少《すくな》い。もし海《うみ》があるとすれば、春《はる》の雪《ゆき》どけのときだけできる浅《あさ》い海だ《うみ》だ。)
○
(地球《ちきゆう》から見《み》える火星《くわせい》の黒《くろ》いところは、だから海《うみ》といふよりも沼《ぬま》か 小《ちい》さな沼《ぬま》の集《あつま》ったのか、川《かわ》だ。)
火星《くわせい》といふところは 寂《さび》しいところなんだなあ
○
(これが想像《さうざう》した火星《くわせい》の表面《へうめん》で一|面《めん》の砂原《すなはら》で植物《しよくぶつ》もある。)
やあ 寂しいところに来てしまつたぞ
まるで砂漠《さばく》のやうね
○
僕《ぼく》の見た火星の夢《ゆめ》は こんなに寂しくはなかつたよ
だつて夢だもの なんでも見られるわ
さうだ 夢より科学《くわがく》の方がほんとうだ
○
ちがわい 夢からいろいろの科学だつて生れたんだい
ぢや テン太郎さん何んと何にが生れたの?
○
たとへば 人|間《げん》が空を飛《と》びたいと考《かんが》へてゐたから とうとう飛行機《ひかうき》といふものを考へ出した
さうだ 想像《さうざう》は発明《はつめい》の母《はは》だ!
○
ちがひますよ テン太郎さんの夢《ゆめ》は目をつぶつて見たんでせう 科学《くわがく》を生みだす夢は目をあけてみる夢だわ
こいつ 生意気《なまいき》な!
目をあけて 夢を見られるかい
○
みられるわ さういふ夢を想像《さうざう》とか空想《くうさう》とかいふんだわ
うそだい 科学者《くわがくしや》なんか空想なんかしないよ
ちがひますよ しますよ
○
ニャンちやんなんか駄《だ》目だい
鼠《ねずみ》の夢より見ないんだから
ひどいわ ひどいわ アーン ぢやピチちやん あんたは泥棒《どろぼう》を追《お》つかける夢より見ないんだわ アーン
○
(これこれみんな喧嘩《けんくわ》をするな※[#感嘆符二つ、1−8−75])
あれ? 叱《しか》られた
なんでも映《うつ》るんだなあ
(フフフ。)
○
あれニャン君が今 フフつて笑《わら》つたぞ
いま泣いた烏《からす》が笑ひだした ハハハ
だつて あんなところに映つたりして おかしいんですもの
ニャンちやん 仲直《なかなほ》りしやうね
○
あら変《へん》だわ わたしなんだか寒《さむ》くなつてきたわ
どうしたんだらうね
僕《ぼく》は少しも寒くはない
○
おお寒《さむ》い! もうたまらないわ
(ブルブルブル)
ほんとだ 少し寒くなつてきたぞ
僕《ぼく》はすこしも感《かん》じませんよ
○
ニャン君 僕とピチ君の間《あひだ》にかうしてはさまつてをいでよ
(ブルブルブル)
昔《むかし》から猫《ねこ》は 寒がりときまつてゐるんだよ
○
あれッ、これはきれいだ
ほれごらんなさい こんなに氷《こほり》だらけになつたわ
(ブルブルブル)
やあ きれいだなあ うわあ、寒い寒い
○
(実験室《ぢつけんしつ》の中《なか》の温度《おんど》をだんだん下げて 火星《くわせい》の寒《さむ》さにしてみる。)
火星の寒さはどの位《くらゐ》だらうな
おや寒く なつてきたネ
(ブルブルブルブル)
昔から犬は 寒がらない動|物《ぶつ》であつたはづだわ
○
(火星《くわせい》にも北極《ほつきよく》のやうな寒《さむ》いところがある。『極冠《きよくくわん》』と呼《よ》んでる。まんなかのは火星《くわせい》にのぼつた月《つき》だ。火星《くわせい》の寒《さむ》いところは零下《れいか》四十|度《ど》から零下《れいか》七十|度《ど》の寒《さむ》さだ。)
おお寒い寒い これはたまらん
○
あッ! ピチクンがのびちやつた
あれ?
○
お父さん! 大変です あけてください!
そんなところたたいてもだめだわ そこの扉《ドア》をあけるんだわ
[#改ページ]
コオロギと蛙《かへる》
○
やあ助かつた
お父《とう》さん ピチクンがこんなになつちまつた
こりや失敗《しつぱい》 しかし実験室《じつけんしつ》はまだ零下《れいか》四十度そこそこな
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