小熊秀雄全集−22
火星探検―漫画台本
小熊秀雄
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)星野博士《ほしのはかせ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)天|文台《もんだい》
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)早さだ※[#感嘆符二つ、1−8−75]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
(例)とき/″\
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[目次]
星野博士《ほしのはかせ》
火星《くわせい》への通信《つうしん》
火星《くわせい》の運河《うんが》
火星《くわせい》に人間《にんげん》が住《す》んでゐるか
空中飛行《くうちうひかう》
火星《くわせい》の首都《みやこ》ミルチス・マヂョル市《し》
大歓迎会《だいくわんげいくわい》
腹痛《はらいた》
トマト騒動《さうどう》
火星《くわせい》の看護婦《かんごふ》さん
地球《ちきう》に向《むか》つて
テン太郎《たらう》の報告《はうこく》
人間《にんげん》のヒゲと猫《ねこ》のヒゲ
コオロギと蛙《かへる》
[#改ページ]
星野博士《ほしのはかせ》
○
テン太郎や お昼《ひる》のおべんとうを 天|文台《もんだい》のお父《とう》さんに とどけておくれ
ハイ 行つてきます
○
ニヤン子とピチクン 僕《ぼく》についてきたまへ
天文台をみせてくれる?
テン太郎さん ぼくもついてゆきますよ
○
さあ みんなでそろつて でかけやう
足《あし》なみ そろへて
一二 一二
○
ピチクン あんまり鼻《はな》をくつつけては いけないよ
だつて いい匂《にほ》ひがするんだもの
あら ほんとだ 匂ひだけかぐのは つらいわね
○
あれが天|文台《もんだい》だ あそこでお父《とう》さんは 星の世界《せかい》の研究《けんきう》をなさつてゐるのだ
月や星を見る望遠鏡《ばうゑんきやう》は あのまあるい屋根《やね》の やうな所にあるのよ
ニヤン君《くん》 よくしつてゐるね
○
小使さんがゐるかしら
きれいな建物《たてもの》ね
屋根《やね》の上で なんだかくるくる まはつてゐるね
○
小使さん お父《とう》さんの所へ おべんとうをもつてきました
わたしも おともしたんだわ
これは これは 星|野《の》博士《はかせ》のぼつちやんですか 博士は研究室《けんきうしつ》の方です
○
ぢや ぼくたち 中に入つてもいゝですね
あゝ ええですとも その長いらうかを通つて 突《つ》きあたりの丸《まる》い建物です
○
あそこだな
あらまあ
ずゐぶん長いらうかだなあ
○
ここがね お父《とう》さんがゐらつしやる 火星研究室《くわせいけんきうしつ》だよ
火星といふのは 人|間《げん》がすんでゐるといふ 星のことだわね
さうだよ
○
あら 向ふにつづいてる丸《まる》い円筒《ゑんとう》のやうな建物《たてもの》はなにかしら
あの建物は、火星へ飛《と》んでゆく、ロケットの格納庫《かくなふこ》なんだ
ちよつとのぞいてみたいわね
○
テン太郎さん ちよつと、まつて なんだか中の様子《やうす》がへんですよ
ほんとにへんだわ
さうかしら ぢや、ニヤンちやん調《しら》べてくれ給《たま》へ
○
あらまあ おどろいた 大|変《へん》だわ
○
(ドタバタ ドタバタ)
なかで 何か起《おこ》つたの
早く 降《お》りてくれ、何があつたか、しらしてくれ
○
どうしたんだ ニャンちやん
研究室の中では、ヒゲの引《ひ》つ張《ぱ》り合ひよ
それぢや、喧嘩《けんくわ》を、してゐるの
○
さうなのよ テン太郎さんのお父《とう》さんと月|野《の》博士《はかせ》とが
それは大変だ のぞいてみやう
それがいい
○
この窓《まど》からのぞいてみやう シーッしづかにしづかに
あらまあ
へんな喧嘩《けんくわ》だな
○
わしは、どうしても 火星《くわせい》には人|間《げん》が をらんと思ひますのぢや
いや、ちがふ 火星には人間がをりますよ
○
これはけしからん わしのヒゲを引《ひ》つぱつて
わしのヒゲも あなたに引ッぱられてをりますのぢや
○
ヒゲがぬけてしまつても わしはわしの考《かんが》へを変《か》へません
わしは首がぬけても さう信《しん》じてをりますわい
○
これではいつまでたつてもケリがつかん 研究《けんきう》をつづけませう
さやう 研究がだいいちです 月|野《の》さん、わしのヒゲを離《はな》して下さい
○
これは失礼《しつれい》
わしこそ 失礼しました
○
星|野《の》さん あなたはたいへんヒゲが御自慢《ごじまん》のやうですな
あなたのこそ美事《みごと》ですよ わしが、ひつぱつて台《だい》なしにしましたわい どれ櫛《くし》をもつてをりますよ
○
これは恐縮《きようしゆく》の至《いた》りです
いや、どうも お互《たが》ひさまで
○
ヒゲを引《ひ》つぱつてゐるときは どうなるかと思ひましたよ
そつと降《を》りやう いや、おどろいてしまつた
ほんとに心配《しんぱい》したわ でも仲直《なかなほ》りしてよかつたわ
○
お父《とう》さん お昼《ひる》のお弁当《べんたう》をもつてきました
○
おお テン太郎か
おや ニャン子にピチも御|苦労《くろう》 入り給《たま》へ
○
これは坊《ぼつ》ちやん やあ、いらつしやい いま貴方《あなた》のお父さんと床屋《とこや》ごつこをやつてゐましたわい
全《まつた》くその通り アハハ
ウフフ
ウフフ
ウフフ
○
けふのお弁当は何んぢや これはノリで包《つつ》んだおにぎりぢやなあ
何ぢや君たちは なにがそんなにおかしいのぢや
ウフフ クス クス
○
月|野《の》さん ひとついかが
ほほう これはわしの大|好物《かうぶつ》でして ひとつちやうだい致《いた》しませう
○
ええと これが火星《くわせい》だとしますと
○
火星の運河《うんが》の問題《もんだい》ですかな
左様《さやう》 望遠鏡《ばうゑんきやう》でみますと 河《かは》はみんなまつすぐに見えますね
○
火星|人《じん》が造《つく》つたものだといふんですな
その通り 火星の運河は 洪水《こうずゐ》とか噴火《ふんくわ》とかの自然《しぜん》の力で出来たとは思へませんね
○
それはちがひますよ、あまり地球《ちきう》から遠いので 直線《ちよくせん》にみえるだけですよ
それは ちがひますな
○
現《げん》に写真《しやしん》にも まつすぐにうつりますからね
写真や望遠鏡は まだ完全《くわんぜん》ではありませんな
あら、また始《はじ》まりさうだぞ
いまにどつちかがヒゲをひッぱつてよ
これは天候《てんこう》険悪《けんあく》だぞ
○
星野さん あなたはどうも強情《ごうじやう》でよろしくない
貴方《あなた》こそ強情ですわい
あらあら
とうとう ヒゲををひつぱつたい
アハハ おかしい おかしい
○
あつ これはとんだ失敗《しつぱい》だ あなたのお父《とう》さんの大事なヒゲを 引《ひ》つぱつてしまつたわい
いや かまわんですよ ハハハ
アハハ ハハ ハ
○
いかがです 月|野《の》さん おにぎりを半分《はんぶん》さしあげませう
これはどうも
おや また仲直《なかなほ》りだ
仲が良《よ》いんだか悪《わる》いんだか わからないなあ
○
ぼく達《たち》も おにぎりをたべたいなあ
さうだつたね これは気がつかなかつた さあ君たちもおあがり
火星《くわせい》の話も面《おも》白いけれど
おにぎりもうまいわね
その通りぢやアハハ
[#改ページ]
火星《くわせい》への通信《つうしん》
○
坊《ぼつ》ちやん、わしが研究室《けんきうしつ》を案内《あんない》してあげやう
やあ、うれしいなあ
みせて もらはう
○
わたし 火星へ行つてみたくなつたわ
○
これは、わしが研究《けんきう》をうけもつてゐる機械《きかい》ですよ
大きなものだなあ
何んだらう
何んの機械だらう
○
いま機械の覆《をほ》ひをとりますから 離《はな》れて見てゐてごらん
アッ わかつた いつかお父《とう》さんが話してくれた 火星信号器《くわせいしんがうき》だ
○
さうです、この機械は 地球《ちきう》から火星へ信号するのです
すごいなあ
ずゐぶん光るわね
まるで鏡《かがみ》のやうだ
○
さうです これは鏡《かがみ》です ピッカリングといふ天|文学者《もんがくしや》が考《かんが》へ出した 火星《くわせい》への信号《しんがふ》の仕方《しかた》です
これで火星へ 信号してゐるのかしら
○
いやこれは実験模型《じつけんもけい》です ほんとうに信号するときは 半哩《はんまいる》四方ほどの大きな鏡にするのです
半哩四方とは すごい大きな鏡を使ふんだな
○
ほをら あそこの山へ光線《くわうせん》を反射《はんしや》させましたよ
あら、山へ映《うつ》つてきれいだわ
やあ 光る光る
○
太|陽《やう》の面《めん》の百万分《ひやくまんぶん》の一の大きさの鏡をつくると 丁度《ちやうど》半哩|平《へい》方|程《ほど》の鏡がいることになります
その大きな鏡に 太陽の光をうけさせて光らすと 火星の側《がは》から見ると第《だい》五|等級《とうきふ》の星の光ほどに光つてみえる……
○
しかしいくら信号をしても 火星に智慧《ちゑ》のある生物《いきもの》がゐなければ 我《われ》々の信号を受取《うけと》ることができない
やあ あんなに遠くの方の森が照《て》らされて 明《あか》るくなつた
○
さあ こんどは鏡の反射を街《まち》の方へ移《うつ》してみやう
○
やあ いま光つた所は水道《すゐだう》タンクだ
○
でも火星《くわせい》に生物《いきもの》がゐなかつたら かういふ研究《けんきう》は無駄《むだ》になるわね
いやいや さうではない、学者《がくしや》の研究に無駄はない 研究さへして置《お》けば他《ほか》のことにも応用《おうよう》できる
○
おぢさん いろいろ見せていただいてありがたう
ほんとうに面《おも》白かつたわ
おぢさん ありがたう
また、天|文台《もんだい》にやつて来|給《たま》へ 他《ほか》のものを見せてあげやう
○
やあ 愉快《ゆくわい》愉快
火星に生物が住んでゐたら面白いなあ
わたしたちのやうな猫《ねこ》もゐるかしら
猫がゐるとすれば、当然《たうぜん》鼠《ねずみ》もゐるだらうな
○
火星に鼠がゐるとすれば 鼠トリも発明《はつめい》されてゐるだらうなあ
とつた鼠は交番《かうばん》にもつていつて 買《か》つてもらふだらうな
すると 火星には交番《かうばん》もあるといふことになるわね
○
あつ これは大|変《へん》だ
やあ 急に目がくらくらしだした
どうしたのでせう わたし
○
さあ早く みんなどこかにかくれろ
やあ わかつた 月|野《の》博士《はかせ》が火星信号器《くわせいしんがうき》でぼく達《たち》へ光ををくつてゐるんだ
なんて まぶしいんでせう
○
ハハハ みんなまぶしがつて逃《に》げ出したぞ
○
降参《かうさん》だ
わあ逃げろ 逃げろ
待《ま》つてちやうだい
[#改ページ]
火星《くわせい》の運河《うんが》
○
ああ重《おも》い もうすこしだ エッチラエッチラ
やあ お父《とう》さんがお帰《かへ》りになつた
○
テン太郎 けふ お父《とう》さんは気嫌《きげん》が悪《わる》いんぢや
こりや いかん
まあ どうなさいました
○
どうもかうもない わしは月|野《の》さんにヒゲをつかまれたんぢや
おや まあ
お父さんはいつも議論《ぎろん》をやつてゐるんだなあ
○
その通り しかし、わしも月野さんのヒゲをつかんでやつた
あなた ではまた火星《くわせい》のことか何かで
うん さうぢや
○
わしや腹《はら》が立つて かういふ風《ふう》にな うんとひつぱつてやつた
すると 月野もわしのヒゲにぶらさがつて うんとかうして引《ひ》つ
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