いま市長《しちやう》からお見|舞《まい》の花がとどきました
どうですみなさん 痛みはとまつたでせう
やあ 痛いのが治つたぞ


さあ 市長からの花|束《たば》です
やあ ありがたう
火星《くわせい》の市長さんは親切《しんせつ》だわね
きれいな花だなあ


あれつ? 僕《ぼく》が花を握《にぎ》つたら燃《も》えだした
どうしたんでせう
これは大|変《へん》だ
いや それほど熱《ねつ》が高いのです だからおとなしく寝《ね》てゐることです


テン太郎さん どうなんるんでせうね
なに すぐ治《なほ》るよ 火星《くわせい》の医学《ゐがく》は進歩《しんぽ》してゐるよ


これは驚《おどろ》いた 僕も、大|変《へん》な高《かう》熱だ
あら? 手にふれるものがみんな燃えちまふわ
わあ みんなすごい熱だ


あの病《びやう》気はつまりペチャ クシャ
うむ、それでペチャ ペチャ
それだから ペチャクシャ
どうも大ぶ病気が重《おも》いのぢや


あれつ? なにを病人がさわいでゐるんだらう
(ドタン バタン)


やあ みなさんどうしました
だつて 手にさわるものみんな燃えるんだもの
いま火を消《け》してゐるんですよ


火が燃《も》え出したらテン太郎さん そこのボタンを押《お》して下さい
ボタン?
どれでせう
あゝ このボタンを押すんですか


(ザザアー ザアー ザアー)


あつ? びつくりした
天|井《じやう》から大雨が降《ふ》つてきた
やあ これは面《おも》白い面白い


熱《ねつ》が大ぶありますから あまり手をふりまはさないやうに
みなさん 手を額《ひたい》の上にのせて寝《ね》てゐるのです
これは退屈《たいくつ》だなあ
あゝ 早く治《なほ》りたいわ…


さて、みなさん あなたたちは今日《けふ》なにを召《めし》上りました トマトをたべたでせう しかも種《たね》まで
ハイ 僕《ぼく》たちはたべました


それがいかんのです 種をたべたのが
地|球《きう》では トマトは種までたべるんですよ


火星《くわせい》ではトマトの種《たね》はたべません 種は、ていねいに出して運河《うんが》に捨《す》てます
すると 大|洪水《こうずゐ》のとき種は畑《はたけ》に自然《しぜん》にまかれる
それぢや 種をまかなくてもいいや


あなた方は トマトを種ごと呑《の》んだ だからトマトが お腹《なか》に生《は》へだしたのです
えつ? 僕《ぼく》たちの体《からだ》の中に?
トマトが生へだしたんですかあ?
ウワア! 困《こま》つた


困つたなあ
アーン アーンあたし 困つたわ
泣いたつて治《なほ》りはしないよ
いや心配《しんぱい》なく かならず治してあげませう
ぢや また見|舞《ま》ひにまいります[#「まいります」は底本では「まいりま」]
[#改ページ]

トマト騒動《さうどう》


あゝ つまらないなあ
ピチちやん さう手をふりまはしちやだめよ
いやだ 退屈《たいくつ》だよ


わあ面《おも》白い 握《にぎ》つたものがみんな燃《も》えるよ
だめだつたら ピチちやんおよしよ およしつたらさ
うるさいなあ


みんな静《しづか》にゐなけりやあ治《なほ》らないよ
そう手をふりまはしちやだめだつたらさ
いくら言《い》つてもわからないのこのひと
あ痛《いた》! あれつ 引《ひ》つかいたな


あつ! ニャン君 大|変《へん》だ
あら わたしのリボンが どうしやう
あッ!


困《こま》つちやつたなあ
アーン アーン
だれか早く消《け》してちようだい
さうだ早くあのボタンを押《お》さう


やあ これは涼《すず》しい
ごめんね ニャンちやん
アーン アーン だつて わたしこれきしリボンもつてないんですもの


ひどいわ ひどいわ リボンがない……
アーン アーン
ごめんね そのうちにどこからか拾《ひろ》つてきてあげるわよ


もし もし
あつ だれかきた
……
……


まあー みなさん どうしました 室《へや》の中が水だらけ
やあ病院《びやうゐん》の看護婦《かんごふ》さんだ
看護婦さん ピチちやんがわたしのリボン燃《も》やしてしまつたの


ボタンを押《お》して 水をとめて下さい
ホイキタ 合点《がつてん》だ


とき/″\喧嘩《けんくわ》するんですよ
だつて リボンをなくしちやつたんだもの
さあ 泣くんぢやないですよ かわりをあげませう


さあ わたしのリボンをあげませう
まあ うれしい!
やあ! 素的《すてき》だなア!


ではみなさん 喧嘩をしないで おやすみなさいよ
看護婦《かんごふ》さん リボンありがたう
看護婦さんおやすみ!


僕《ぼく》が[#「が」は底本では「か」] 君のリボン 焼《や》いたからもらつたんだよ
そんなことないわよ いぢわる[#「いぢわる」は底本では「いちわる」]
親切《しんせつ》な看護婦《かんごふ》さんだな


困《こま》つたなあ トマトがお腹《なか》に生《は》へる病《びやう》気なんて
わたし 地|球《きう》へかへりたくなつてきたわ
駄目《だめ》だい 病気が治《なほ》らなければかへれないや


では あの地球からのお客《きやく》さんたちは 野外《やぐわい》病|院《ゐん》の方へ移《うつ》しませう
なるべく患者《くわんじや》を驚《おど》ろかさないやうにね
準備《じゆんび》はできました
[#改ページ]

火星《くわせい》の看護婦《かんごふ》さん


あなた方《がた》はこれから野外病院の方へ移《うつ》ります
どうです 体《からだ》の具合《ぐあ》[#ルビの「ぐあ」は底本では「ぐあひ」]ひは
どうも熱《ねつ》が下りません
外《そと》の病院へ行くんですか


では トマトの葉《は》つぱで三人とも目かくしをしてくれ
はい かしこまりました
どうするんですか
心配《しんぱい》だわ


そんなに心配《しんぱい》しなくともいいですよ
でも、わたし気|味《み》がわるいわ
あゝ 何んにも見えない
自動車を三|台《だい》用|意《い》
はい かしこまりました


用意ができました
では出発《しゆつぱつ》!


どの辺《へん》を走つてゐるのか さつぱりわからない
ここは運河《うんが》づたひに走つてゐるのです


野外病院《やぐわいびやうゐん》といふのはどんなところです
それはハイカラな病院ですよ


みんな離《はな》ればなれになつてしまつたわ
またすぐみんなと一|緒《しよ》になりますからね


さあ みなさん病院《びやうゐん》に着《つ》きました
この辺《へん》一|帯《たい》が病院です
だつて目かくしされてるから見えませんよ
クンクン 何にか良《よ》い匂《にほ》ひがする
トマトのやうな匂ひがする


さあ この入口から階段《かいだん》を下りませう
ころばないやうに


なんだか地|面《めん》の下を歩いてゐるやうだ
さうなんです
わたし いやだわ
心《こころ》細いね


長いらうかだなあ
いやになつてしまふわ
もうすぐ地|上《じやう》に出られます


さあみなさんもう着《つ》きました
葉《は》つぱの目かくし取つていいですか
まだ まだ


あなた この台《だい》の上に立つてゐてください ころばないやうに
やあ体《からだ》が上へあがるやうだ
(ぶるん ぶるん ぶるん)


お次《つぎ》ーあなた さあ、しつかり立つて
よし スイッチをいれてくれ給《たま》へ



(ぶるん ぶるん ぶるん)
やあ 天|国《ごく》へゆくのか 地|獄《ごく》へゆくのか わからない


さあ猫《ねこ》のお嬢《ぢよう》さん あがりますよ
あたし こわいわ
心配《しんぱい》しなくてもいいのです


(ぶるん ぶるん ぶるん)
あゝ こわいー


さあ 仕事《しごと》がすんだ 帰《か》[#ルビの「か」は底本では「かへ」]へらう
あの病《びやう》人たちは 地|球《きう》の病人なんで骨《ほね》が折《を》れますね
どうも 火星《くわせい》の病人とは勝《かつ》手がちがひますね


わつ こんなところに出てきた
これはガラスの筒《つつ》の中だ
みんなはどうしたらう


あらまあ! みんな こんな容物《いれもの》に入れられちやつた


うわあ みんな ちりぢりばらばらになつてしまつた
テン太郎さーん 早く救《たす》けて下さい
僕《ぼく》だつて出られないんだよ


こりや いくらあばれても駄《だ》目だ くやしいなあ
よし! ここを出たらトマトたちめ みんな踏《ふ》みつけてやるから
わはあ 地|球《きう》のお客《きやく》の喰《く》ひしん棒《ぼう》
種《たね》までたべたいやしん棒
ずゐぶん貴方《あなた》たちは意《い》地わるね さうのぞくもんぢやないわ
お腹《なか》にトマトが生《は》へるとさ
うわあ、これぢや手も足《あし》も出ないや とんだ野外病院《やぐわいびやうゐん》に入れられてしまつた


おや お医者《ゐしや》さんがやつてきた
どうです 火星《くわせい》の病院《びやうゐん》はなかなかいいでせう
ちつともよかないわ
早くこんなとこ出してよ
ははあ おとなしくしてゐませんな


お医者さん ひどいですよ こんなところに押《お》しこめて
いや さうではありません 地|球《きう》にだつて温室《おんしつ》といふのがあるですよ


どれ診察《しんさつ》しませう
うわッ!
そう こわがらなくてもいいですよ
だいぶよろしいやうですな


こんどはアーンと舌《した》を出してごらん
アーン


いや なかなかりつぱな舌ですな
いや みごと、みごと
舌なんかどうでもいいや いつ治りますか


さやう 千|年《ねん》ぐらひたつたら退院《たいゐん》ができるでせう
え! 千年?
ウワアー
アハハハ


さてこんどは猫《ねこ》のお嬢《ぢよう》さんいかがです
ずゐぶんひどいわ こんなところに入れて
ほほう 大|立腹《りつぷく》ですな すぐ治《なほ》りますよ


あら まあ嬉《うれ》しい! 親切《しんせつ》な看護婦《かんごふ》さんだわ
ほう 猫《ねこ》のお嬢《ぢよう》さんはだいぶ君が気に入つてゐるやうだよ
ええ リボンをさしあげたのです


このガラスの筒《つつ》の中は 地|球《きう》の温《おん》度と同《おな》じにしてあるのです
なるほど
さうすればトマトが 生えないですむんですか
その通り


ぢやみなさん おとなしくしてゐるんですよ
またきますからね


もう へたばつてしまつた
どこを見てもトマト畑《ばたけ》ばつかりつまらないわ
地球へかへりたくなつたなあ


なんとかしてこゝを出られないかなあ
わたしだつて帰《かへ》りたいわ
お父《とう》さんやお母《かあ》さんに 急にあひたくなつてきた


やあ テン太郎さんがメソメソ泣き出した
無理《むり》ないわ あたしだつて悲《かな》しくなつちまつたわ アーン アーン
みんな地球がこひしくなつたんだ
[#改ページ]

地球《ちきう》に向《むか》つて


やあ 嵐《あらし》だ! 嵐だ!
わつ! こわい! 稲光《いなびかり》が!
すごい暴風雨《ばうふうう》だ!


わア!
助けてえ!
みんな しつかりするんだよ


わあ ガラスの病院《びやうゐん》が倒《たふ》れさうだぞ
もしかするとわたしたち 出られるかもしれないわ
風よ吹け吹け ガラス病院を吹き倒してくれ


ワッショイ ワッショイ[#「ワッショイ」は底本では「ワッシイ」]
風さーん 頼《たの》みますよ
やつ? 病院が舞《ま》ひ上つた!


あれあれッ?
大|変《へん》だ!
どうしやう?


あつ!
(ガチャン☆)


やあ 出られた
うれしーい


さあ みんな集まれ!
テン太郎さあーん
どうしませう


どうしませう テン太郎さん
何んとか考《かんが》へなければ…
あッ 向ふから
親切《しんせつ》な看護婦《かんごふ》さんが走つてきた


やあ 看護婦さん!
わたしたち ひどい目にあつたわ

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