あつ 窓《まど》の外《そと》はすばらしい街《まち》だ
まあ なんてきれいな所なんでせう
やあ驚《おどろ》いた りつぱだなあ
さあ早く仕度をして下さい


僕《ぼく》たちはどうして火星《くわせい》へやつて来たらう
わたしも わからないわ
僕もだ
さあ そんなことはどうでもいいのです 窓《まど》から早く


やあ高いなあ こんな所から飛《と》び降《お》りられないよ
わたし とても駄《だ》目よ こわいわ


僕たちを信《しん》用して下さい ほらかうして飛び降りるんです


あなた達《たち》は地|球《きう》からの大|切《せつ》なお客様《きやくさま》です 悪《わる》いことにはなりません
ぢや わたし体《からだ》が軽《かる》いから先に飛び降てみるわ
それでは僕だつて
僕も降りることにしやう


やあ 愉快《ゆくわい》愉快
体《からだ》がふわふわと飛んでるぞ 不思議《ふしぎ》だなあ
どうです 地球とはまるでちがふでせう
あらまあ 蝶《てふ》々のやうに飛べるわ
ほほ これは面《おも》白い 面白い


ごらんなさい あそこを いま火星人《くわせいじん》は洪水《こうづゐ》を避難《ひなん》してゐます
やあ 雲《くも》のやうに たくさん火星人がとんでゐる
あらまあ 鳥《とり》のやうに建物《たてもの》の屋根《やね》の上にとまつてゐるわ


さあ 僕《ぼく》たちがあなた達《たち》を安全《あんぜん》な所へ案内《あんない》しませう
洪水《こうづゐ》はいつまでもつづきますか
火星《くわせい》の洪水はきまつてあるのです
あれ あれ 水があんなにあふれて来たわ
運河《うんが》の岸《きし》が いまにもかくれさうに水がびたびたになつちまつてゐるぞ


うわあ! すごい建物《たてもの》だなあ
なんて高い建物でせう
これは地|球《きう》ホテルといふ 火星一の高いビルデングです


このホテルは 地球からのお客様《きやくさま》を迎《むか》へるために、わざわざつくつたのです
すると僕達が 最初《さいしよ》のお客なんですね
地球からの第《だい》一|着《ちやく》だすごいぞ
面《おも》白いわね


さあ こゝが貴方《あなた》たちの部屋《へや》です
まあ! きれいなベット
きれいな敷物《しきもの》
どこもこゝも縞模様《しまもやう》


とんだり はねたり おもしろい
さあ 下の露台《ろだい》にでてみませう


やあ、火星人《くわせいじん》の行列《ぎやうれつ》だ
みんな妙《めう》な格好《かつかう》をするわ
何か歌《うた》つてゐるよ
あれは あなた達《たち》を歓迎《くわんげい》してアイサツをしてゐるのです
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火星《くわせい》の首都《みやこ》ミルチス・マヂョル市《し》


これから 市街《しがい》を御案内《ごあんない》いたしませう
ここの街《まち》は なんといふのです
火星の首都《みやこ》です ミルチス・マヂョル市といふのです


ごらんなさい この素晴《すば》[#ルビの「すば」は底本では「すばら」]らしい火星の運河《うんが》を
大きいなあ
なんて立派《りつぱ》なんでせう
この運河はまつすぐだい


この運河《うんが》はなんに使ふんですか
火星《くわせい》では一年に数回《すうくわい》大|洪水《こうずゐ》があるのです、そのときに畑《はたけ》に水をやるんですよ


あの畑にはなにが植《う》へてあるんです
トマトですよ
それから何にがあるの
トマトよりありませんよ
おどろいた あの畑がみんなトマト


さうですよ 地|球《きう》ではパンとか米《こめ》とかが常食《じやうしよく》でせう、火星の人|間《げん》は トマトだけよりたべないんです
トマトだけしかたべないから 火星の人は大きくならないんだわ
きつとさうだよ
でも体《からだ》が小さくても 智慧《ちゑ》があるようだな


ふふふ 智慧は地球の人に負《ま》けませんよ、そら あの人たちをごらんなさい
おや?
頭《あたま》の大きな人と
頭の小さな人とがやつてきたね


火星人は 頭の大きい人はものを考《かんが》へてばかりゐるんです
頭の小さい人は?
小さい人は 働《はたら》いてばかりゐるんです
頭の大きい人の考へたことは
頭の小さい人がどんどん作りあげてしまふのです


やあ トマトの収獲《とりいれ》だ
ほら いま面《おも》白いことが始《はじ》まりますよ
あら トマトを運《はこ》び出したわ


火星《くわせい》では一日に二|回《くわい》 食物《しよくもつ》を市民《しみん》に配《くば》ります
やあい みんな窓《まど》から首を出した


ほら、あゝして下から投《な》げるのですよ
やあ上手《じやうづ》だなあ


うけとるのもうまいわね
あんな高いテッペンまで上る
僕《ぼく》もトマトを喰《た》べたいなあ 好《す》きなんだけれどなあ……


ほら 合|図《づ》をすると投《ほう》つてくれます
やあ投げてくれたぞ
上手にうけとれ


おいしい おいしい
舌《した》が落ちさうにうまいわ
火星のトマトはうまいぞ


向ふの建物《たてもの》が市役所《しやくしよ》
その左《ひだり》の曲《まが》つた建物は何んです
建物ではありません あれは火星の天|体《たい》望遠鏡《ばうゑんきやう》です
えつ望遠鏡? すごいんだなあ


ぢや、あそこが火星《くわせい》の天|文台《もんだい》ですか
さうです 行つてみませう


御紹介《ごせうかい》します こちらが火星天文台の所長《しよちやう》さんです
僕《ぼく》 星|野《の》テン太郎です
わたし 星野ニャン子よ
僕は 星野ピチです


僕のお父《とう》さんは 地|球《きう》の天文台で研究《けんきう》してゐます
これはこれは ようこそ 星野さんは私よく存《ぞん》じてをります
あれつ?


こないだは あなたのお父さんと月野|博士《はかせ》と髯《ひげ》のひつぱりつこをやりましたね
あれつ? どうして知つてゐるんだらう


よく知つてゐますよ あははゝゝ
地球の出来|事《ごと》は 火星からは、みんな見えるのですよ
おどろいたなあ………


なにも驚《おどろ》くことはありませんよ
みなさん、この天文台の設備《せつび》を注意《ちゆうい》して見て下さい
すごいなあ……


テン太郎さん あなたのお父さんは どんな望遠鏡《ばうゑんきやう》をお使ひになつてゐますか
いろいろあります 口径《さしわたし》六|吋《インチ》のと 大きいのは二十四|吋《インチ》のと
火星のは 地球のの千|倍《ばい》も大きいのを使つてゐます


ぢや地|球《きう》の出来|事《ごと》は なんでもみえるんだなあ
さうですよ さあ一つ望遠鏡《ばうゑんきやう》をのぞかせてあげやうか


さあ テン太郎さん ごらんなさい
アッ? お父《とう》さんだ
わたしにも見せて
僕《ぼく》にも


あなたのお父さんが 何にかしきりに計算《けいさん》してゐるでせう
ほんとにさうだ
やあ 手|帳《ちやう》の上の数字《すうじ》まで見える


お父さあーん 僕です テン太郎です
あははゝゝ 呼んだつて聞えませんよ
わたしにも見せて


さあ 望遠鏡の方|向《かう》をかへて見ませう
あら なんだか見たことがあるやうなところだわ
どれどれ 僕にも見せて


あれつ わかつた! お豆屋《まめや》だ
ぢや 学校のそばにあるお豆屋かしら?
どれどれ 見せて


やつぱりさうだ やあ 子|供《ども》が豆を買ひに来た おや、おぢさんが豆を三|粒《つぶ》こぼした


おどろいた 何んでも見えるのね
どうもいろいろありがたうございました
地球へかへつたら 星|野《の》博士《はかせ》や月野博士によろしく
さあ これから市長《しちやう》が貴方《あなた》たちの歓迎会《くわんげいくわい》をひらくそうです 行きませう
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大歓迎会《だいくわんげいくわい》


あれが ミルチス・マヂョル市庁《しちよう》の玄関《げんくわん》です
やあ…
りつぱですね


やあ ずゐぶん列《なら》んでゐるな
わたし なんだかはづかしいわ
なんだ弱虫《よわむし》 大|丈夫《ぢやうぶ》だよ


テン太郎さん この人がミルチス・マヂョル市|長《ちやう》です
これはこれは ようこそ ようこそ


さあ どうぞ ここへおかけ下さい
こんな正面《しやうめん》にですか
地|球《きう》からのお客《きやく》さんです さあどうぞ


ニャンちやん すましてゐるなあ
あんただつて気取つてるわ


これより地|球《きう》からはるばるおいでになつた お客《きやく》さんの歓迎会《くわんげいくわい》を開《ひら》きます
まづ最初《さいしよ》 地球のお客さんから 自己紹介《じこせうかい》をしていただきます




こまつたわ ジコショウカイつてなんだか わたし知らないわ
僕《ぼく》も知らないよ こまつたなあ
それはね 自分《じぶん》がどういふものだか 自分でいふことを 自己紹介といふんだよ 僕がするからまねをしたまへ


みなさん今日《こんにち》は 僕は地球の小学生で名前は星|野《の》テン太郎 毎日学校へ行くのが仕事《しごと》です
ははあ学校 火星《くわせい》にはさういふものはありませんな


僕は 星|野《の》ピチといひます 地球の犬であります 仕事は 泥棒《どろぼう》や怪《あや》しいものを追《お》ひ払《はら》ふことです
ははあ 犬、泥棒 怪しいもの火星にはさういふものは居《を》りませんな


わたくしは星野ニャン子と申《もう》します 地球の猫《ねこ》の女《をんな》の子であります 仕事は悪《わる》い鼠《ねずみ》を喰《た》べたり 追つたりいたします
猫,鼠 さういふものは火星にはをりませんな


これより音楽会《おんがくくわい》 つづいておどりの大|会《くわい》をひらきます


すてきねー
このすばらしい音楽《おんがく》はあのラッパのある自動音楽|機《き》が ひとりで奏《や》つてゐるのです
愉快《ゆくわい》だなあ


あつ、これはへんだぞ
どうかしましたか


急にお腹《なか》が痛《いた》くなつてきた
それは大|変《へん》!
あら わたしもお腹がチクチク痛くなつてきた


ウーン ウーン
痛い 痛い あいたつッ
僕《ぼく》もお腹が痛い
これは大変だ 病《びやう》気らしい
さつそく病|院《ゐん》に送《おく》るやうに


お腹が痛い ウーム
痛い痛い
アーン アーン
早く 病院|車《しや》を呼べ
みなさん せつかくですが歓迎会《くわんげいくわい》は中止《ちゆうし》にいたしまあーす
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腹痛《はらいた》


地|球《きう》のお客《きやく》さんが病気になつたのだ
どうしたのだらう
やあ 病院車がやつてきた
(みなさん さわがないでくださあーい)

いたい いたい
ピチ あんまりあばれてはいけないよ
でも 痛《いた》いんだア


どうも 様子《やうす》がわからん
みなさん 手をかして下さい
病《びやう》人だから静《しづ》かにのせて下さい


それ! 病|院《ゐん》までスピート


さあ 病院へ着《つ》きましたよ


さつそく 注射《ちゆうしや》を百《ひやつ》本ほどやらなければ
ウワア そんなに注射するんですか


ここがレントゲン室《しつ》です お腹《なか》の中を見てあげませう
お医者《ゐしや》さん 早くみてちようだいよ いたいんですもの


ははあん これは怪《あや》しい
お腹 どうかなつてゐますか
早く痛《いた》いのを治《なほ》して下さい
痛みはすぐとめてあげますよ
しかし これは治療《ちれう》が長|引《び》きますな


さあ 病室《びやうしつ》に入るのです
これこれ 病室にベットを三つ用|意《い》して
はい
困《こ》まつたことになつたねえ


しづかに寝《ね》[#ルビの「ね」は底本では「て」]てゐらつしやい
どのくらゐたつたら治《なほ》るんだらうなあ
痛みはすぐとめてあげますよ
やあ うれしい


ただ
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