、彼の画にはあの形式には、珍らしい強い物質性が出てゐるといふ点である。形をもつて空間を攻めるといふやり方は、その描き残された空白の部分に、強い物質性が顕れる。酒井三良氏の持ち味は従つて解脱しない佳さにある。磯部草丘氏もまた線描をもつて画面を圧倒してしまふといふ逞ましさがあつて、これまた解脱しない佳さである。そして大智勝観氏はどうか、この作家も他の二人と同様に、解脱しない佳さがある――芸術家が解脱などをしたら大変なことになるだらう。何故なら解脱は死だからである。そして非解脱は俗物化なのである。大智氏の作品は、酒井氏、磯部氏のもつ近代的要素にも、優れてゐても、決して劣るとも思へない。大智勝観氏の作品は一言にして言へば『新しい』のである。解脱的死の作家でもなければ非解脱的俗物作家でもない、むしろこの両端の中間を辿る作家である、その意味でも酒井氏、磯部氏も同様であると言へる。
ただ大智氏が他の二人に較べて違ふところは、色に対する執着が、ずつと少いといふこと、水墨を最上のものとするといふ精神的立場がある。酒井、磯部氏の絵には色気がある。大智氏の場合は、墨一色の世界に境地がある、しかし大智氏がそ
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