比較的新しいことに気づくであらうし、またそれが単に一口に浮世絵的方法などゝいへないものがあることに気づくであらう。良い例証としては、「待月」などゝいふ作品がそれであるこの作品は、後向立姿の婦人が月の出を待つてゐる図であるが、この作画の方法は大胆極まるもので画面の上から下まで、建物の柱を通じ人物の体を縱に両分してゐる構図なのである。この方法だけからみても、この作品は、浮世絵的情趣などを覗つたものでは決してなく、全く絵画芸術の、洋画家がよく言葉として用ひたがる、「造形的」な意図から行はれた方法であることがわかる。人物を柱で縱に両断してしまつてから、更にそれをまとめるといふ方法などは、完全に情緒主義者のやる方法ではない。造形的な、絵画の方法上の苦心を盛らうとする計画に他ならない。浮世絵は、婦人の裾をチラ/\とみせるといふ意味で「あぶな絵」と呼ばれた時代から、松園氏の作品の人物の裾が拡がつてゐたからといつて、それを「あぶな絵」の翻訳されたものだなどゝはいふことはできない。松園氏はその浮世絵の形式に執着する以上に、あまりに「画家気質の人」であつたといふべきであらう、松園氏の仕事を二大別して、初期
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