してゐるのだといつたやうな考へ、それは少しく異なる、徳岡神泉の作品と、吉岡堅二の作品とを較べてみたらよくわかる、神泉の作はおそろしく古典だ、その古典の再現が外見的にはフレッシュに見せてゐるだけで、所詮彼は新しくなることが不可能なのであらう。
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子供漫画論
一
絵本漫画の出版業者にむかつて、或る人が質問を発した、『君は自分のところで出版してゐる漫画を、自分の子供に与へるか――』すると出版業者は『いや、なるべく見せないやうにしてゐる』と答へたさうである、自分の子供に与へて弊害の有る所謂『赤本漫画』も、他人の子供には、平気で売りつけるといふ態度が、従来のこの種、子供読物出版業者の、出版態度だといつてよいものと言へよう。
内務省、及び文部省が手をつけた子供読物浄化運動は、一昨年の夏頃からで、その年の秋は取締りの酷烈なクライマックスに達した、昨年に入つても当局の出版業者に対する、警告、発禁、の連続的処置や、出版前内閲の手厳しさは、業者にとつては全く出版の自由を失ふものであつた。しかし取締当局が、出版業者の出版の自由を、うばつた
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