たい。ユトリロはコンミニストの本部を描いたことを、大観が海山の風景を描き、その売上げを聖戦の資に献じたといふこととをいまここに論じようといふのではない。不思議なことには、ユトリロの油絵の方法と、大観の日本画の方法とがまことに良く似てゐたといふことを、問題として採りあげてみたいと思ふのである。
 この二人の作家は国籍が異なるが、精神的な綿密な、また心理の段階を、手段化、方法化してゐるやり方は二人ともよく似てゐる。日本の洋画家の粗雑な油絵の具の扱ひ方の乱暴極まるものを許り見馴れてゐる私にとつては、ユトリロがおツユたつぷりで、それを根気よく重ねてゐる、柔らかい作品をみて、これこそ真個《ほんと》うの油絵で、日本の洋画家は油絵を描くどころか、油絵といふ材料を満足に使ひこなせてゐないのだと痛感したものであつた。
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時局と日本画
    ――横山大観の場合


 事変は芸術各部門にそれ/″\の衝撃を与へた、日本画壇においても、そのショックを免れるわけにはいかなかつた、先づ明瞭な現れとして戦時インフレイションのお蔭で、近来珍しく日本画が売れ、その価格
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