案外に見てゐないのである。怖ろしいのは大観そのものの人間的な動きであり、画壇といふ政治的集団の、人為を超えた、力学的な働きが、大観の政治的人物である面だけを社会に訴へて、芸術家としての大観を直接に伝へてゐないといふことだ。私は大観の「海に因んだ作品」をみてゐて、ふつと仏蘭西の画家ユトリロを想ひ起した。大観とユトリロとどんな連絡があるだらう。今から数年ももつと前であつたらう、福島コレクションでみた展覧会で見たユトリロは、その作品の制作方法の精神的段階が、あまりに日本的であつたので、私は吃驚《びっく》りしたことがある。しつとりとしたやり方なのである。日本の洋画家が、投げつけるやうに油絵をぬつたくる方法とは、まるでちがつてゐた。大観の「海」はユトリロの風景とその方法の上に共通点がたしかにある。ユトリロのその絵といふのは河を隔てて見える三階建程の建物で、コンミニストの本部を描いたものだといふ。大観は一枚二万五千円、二十枚合計五十万円を陸海軍へ献金するための制作であつたが、かうした大観の政治性と、芸術家としての大観の芸術性とを一応分離して考へてみたい。大観を単なる海山の風景画家としてだけ見て行き
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