、招待状を貰つて出かけなければ義理が悪いか、批評家とか、職業的に美術に関係してゐる人とか、展覧会を見るといふ自発性は多忙な都会生活者にとつては全くないといつてもよい。百貨店で展覧会を開くようになつてから、買物の序でに見るといふ大衆が多くなつた。それは非常に良いことに違ひない。私は大観氏の個展をデパートで買物の序でに見て、それから帰宅してから、友人三人に速達を書いて出した。君は出不精だから個展などを見るやうなことも少ないだらうが、いま開いてゐる大観の個展は是非見てをくことをお奨めするといふ文面の葉書を出した。
大観の「海と山に因んだ個展」は、これを知らずに見遁した人は格別として、開いてゐることを知つてゐて特別の事情もないのに見遁した人があつたとしたら、ちよつと悔恨ものだらうと思ふ。私はここでこの文章を書きたい心といふのは、大観に対する特別な蔑視感をもつてゐる人が少なくないといふことを思つて、一つの正統さをこの人々に求めたい気持なのである。「ああ、大観か」さうした鼻の先で笑ふ人々が少なくない。君はいつたい大観の作品を何枚見てゐるか――、出来の悪いのを選んでみてはゐないかといつてやりたい。
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