く、自然観察の上の精神的高さに於いて、極限的なものを示してゐる、各人はその究極的な意味に於て美を語り尽さうとするものであるが、熊谷氏の小品『牡丹』では現実の豊饒化が企てられ、『絢爛美』に相当する現実が描かれてゐる、他の二点は既に私の頭の中にある熊谷氏の作品といふ概念のものであつたために『牡丹』のやうな新しい感動を与へなかつた。
○野間仁根[#「野間仁根」に傍点]氏――良い意味での爽快性、悪い意味での職人性は、『夏の淡水魚』の作である、野間氏の懐古展で見た実力はこゝでは見られない。
○中村暉[#「中村暉」に傍点]氏――彫刻『少年道化』の良心的態度は支持されていゝものがある、作者の感情の美しさが無条件的に作品に現れてゐる、芸術家といふものは結局は精神上の叡智に依つて勝負けが決まるものであるから、中村氏のやうな聡明な行き届いた神経の下につくられた作品は最後的な勝に帰するだらう。
○渡辺小五郎[#「渡辺小五郎」に傍点]氏――『膝をつく女のトルソー』は中村氏と同系列のヒューマニティの作家であつて、塊りをやかましくいふ彫刻界では反対者も多いだらうが、私はかうした繊細な態度を支持したい、彫刻家が土方
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