る、石井氏は若手のシュールに言はせれば古いシュールであるかも知れないが、封建性や伝統性への反逆と格闘をこの派の生命とするならば、私はむしろ古いシュールリアリストに新しい現実の再現をこそ期待するものが多い、石井氏の感覚の画面上での処理は決して消極的ではない、洗練されたものである。
○高岡徳太郎[#「高岡徳太郎」に傍点]氏――『山』色彩は悪いが、全体的に何か魅力的なものがある、色彩の悪さに問題を抱含させてゐるからであらう、美的享楽を画面が我々に与へはしないが、混濁した現実が我々を美に反撥させるとき、往々我々を麻痺させることがあるが、その種の醜がもたらす快感がある。
○佐伯米子[#「佐伯米子」に傍点]氏――この人はお家の芸に隠れた感がある、この人の女性的な繊細な線は、曾つては日本の作家の男性的な力に対抗するほどに、デリーケートに活躍した時代があつたが、今はその面影もない、この人には作家意欲の高さはあつても、たくましさがない、画面に喰ひ下る執着の乏しさがある。
○熊谷守一[#「熊谷守一」に傍点]氏――『牡丹』は出色の作である、この小品は人間の精神の高さに於いて、こゝでは種として道徳的意味ではな
前へ 次へ
全419ページ中298ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング