であるといふ事実を無視しては、徒らに歴史に対する追従者の絵画であるといふ規定を与へられてしまふだらう。
○梨本正太郎[#「梨本正太郎」に傍点]氏――『潟の見える花畑』この人の絵をとりあげる批評家はおそらく私位なものだらう、この人とは何の面識がないので年齢などはわからないが、その絵から受ける感じは、作者は五歳の赤ん坊でなかつたら、百歳の老人が描いたものにちがひない、他の批評家が問題にしないだらうといふ私の言ひ方は、この人の絵は外見的にはアカデミックな一切の形式を完備してゐるから、軽忽な評者は『古い』と一言で言ひ切つてしまふだらうからである、五歳の小児の感能の世界は人生の薄明期を彷徨する世界であり、百歳の老人の世界は人生の薄暮に住む哀愁が漂ふ、梨本氏の作品はさういつた感覚的な蔭の多い美しさの蓄積されたものである。
○石井万亀[#「石井万亀」に傍点]氏――この作者の前衛性を見究める場合には、作品の線や色に就いての親切な客観的態度を批評者にとつて必要とされる、若いシュールリアリストは、線の整理や型の思ひ切つた飛躍を石井氏に求めてゐるやうであるが、私に言はせればシュールに新しいも古いもないのであ
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