朝』では手堅い仕事ではあるが試みの域を出てゐない。『女と』では構図の上にも、色感でも、どこか伸々とした大野らしいところがあるし、一種の親しみぶかいユーモラスを感じさせる。どんどんと気儘な絵を書いてもらひたい。彼の構へ方は良い。
浦久保義信[#「浦久保義信」に傍点] 『花と駄馬』では坂路を鉄片や針金らしいものを積んだ馬が喘ぎながら登つてくる。野では花を踏みにじつてゐるといふ絵である。テーマは古い、然し描写の近代性の点では浦久保の仕事は独自的な新しさがある。馬の脚元に花を散らしたものは観る者の感傷性を唆るだけで、テーマの上では甘い。だが前にも述べたやうに、浦久保義信には特殊な色彩への感能があり、線の奔放性と、色彩の激情性を特に私はかひたい。『夜店』が彼の本質的なものだ。『花と駄馬』それに次ぐ、他は動揺の作だ、浦久保の絵あたりを見て始めて新しい『独立展』を見たやうな気がする。福沢一郎にせよ、浦久保義信にせよ、中間冊夫にせよ、また須田国太郎にせよ、絵の上にある共通した突きつめたものがある。それが一つの凄愴感となつて何れも訴へてくる。これらの自己に甘えてゐない作家たちの絵は何時の場合にも周囲を
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