圧倒するものがある。
附言
最も新しい方向を辿る洋画グループとしての独立展のその進歩性に就いて現在のやり方は相当問題がある。一応審査員があつて、作品を採り、また沢山の作品を落してゐる以上、会そのものの責任の限界を何時の場合でもはつきりしてをく必要がある。賞の出し方の無方針極まるやり方や、毎回厳選主張を標示しながら、厳選、厳選をいつも会全体でなく、個人にもつてゆくやり方は会を全体的に進歩せしめることが出来ないだらう。出品者達は血の出るやうなせり合ひをたがひにやつてゐるに反して、会員諸君が案外心境的に馴れ合つてゐるのではないだらうか。会員同志でも、もつとせり合ふやうでなくては、活気ある独立展を見ることはできまいし、第一現状の儘では後進が可哀さうだ。
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商業資本と日本画家の良心
三越日本画展を観て
日本画と洋画との社会的地位の相違、かなりデリケートな立場にある。しかし洋画の畠は残念ながら商品化の世界に登場するほど未だ大人になつてゐない。洋画が商品化されてゐないといふ理由は、商品的な値打がないといふ問題とまた別個に、
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