としての光りに就いては研究課題として面白いし、また須田国太郎に就いては言ひたいことが沢山あるが長くなるので次の機会に譲る折を見て須田論を試みたいと思ふ。
 吉原義彦[#「吉原義彦」に傍点] リアリスト吉原の作画態度や、今度の独立への出品画に就いては、もつと採りあげて問題にしていゝ。殊に若い画家達の間には、リアリズムに就いてかなり関心を深めてその方向に画風を進めてゐる人が少くないだけに、吉原の仕事の進め方の検討は意義がある。絵画上のリアリズム論は茲では措いて、私は『オルガに扮せる原泉子』では、まだまだ手も足もでないリアリズムを感ずる。ブルジョア的写実主義者の作画上の自由性と新しい写実主義者殊に何等か仕事の上に社会性を附与しようと企てゝゐる、画家の作画上の自由性とは、それぞれ制約するものがちがつてゐる。吉原の場合ブルジョア的な自由は欲しないだらう。だが見給へ。ブルジョア的な自由主義画家がいかに勝手にふるまつてゐるかといふことを。その意味に於いて吉原はもつと大いに勝手にふるまつて良い。吉原の絵を見ると建設的要素は多いが、破壊的要素が少ない。然もこれらの要素を吉原は絵の上では個人的立場に解決し
前へ 次へ
全419ページ中269ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小熊 秀雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング