できるのである。
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秋田義氏の芸術を評す
   旭ビル楼上合同五氏展を観る

 大森氏の作が憑かれた神聖な痙攣であるとすれば秋田氏の従来の態度はあまりに酔ふことを欲しない実に厄介千万な画家であつたのだ『秋田氏の絵は冷た過る』といふ一般の評はまんざらでもなかつたもつと神霊に憑かれた画風に接したい希望は僕一人ではなかつたらうと思ふ、酔ふこと位かんたんな事がない筈だ。最近ザラにある画家連は未完成な前にすつかり酔つてゐる輩が多く周期的な局部痲痺や色慾亢奮に画布は絶えず冷やされたり暖められたり多忙な中にひとり秋田氏がかうした躁狂団隊とは別個な道路をてくてくと歩いてゐた。
 樹木、空、花、屋《いへ》、崖、等々あらゆる取材はこの死者を取扱ふ医師のやうなあまりに切れすぎる執刀に泣いてゐたらう、だが最近の進展はどうか一番『南京風景』の豊な詩情に到達し十三番の『蘇洲風景』に進展し更に『南京奏准の妓館』の新しい計画『少女戯曲』の看過出来難い企てに遭遇して奇異の感にうたれるのである。
 これらの作風は冷たいものから実に抒情的感情への飛躍であり進撃であり自らに
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