堀端』には僕のもつとも好感のもつことの出来る大森風の色感を殆ど発見されないのは実に悲しい極みである。
そこでこれらの芸術に似て非なる『風景』『お堀端』『市街』それからその作意には充分同情はもてるが『カネーション』他三点の草花も思ひきつて捨て以上の数点『原宿風景』をのぞく以外のものを氏の口から『あれはみな旧作を画室の埃の中から引張り出して送つて寄こしたのだよ』と言つて欲しいのである。
一昨年の旭ビルで見た『南の街』は実に素晴らしかつた南国の狂へる外光が異常に相錯綜した線条にこんぜん多彩な万華鏡を現出し観る者をして音楽的恍惚境に遊歩せしめたものであつた。
今度の『原宿風景』も傑出してゐる『南の街』に遜色はないしかし今度のは一歩退いてゐても一歩踏みだしてはゐないのが残念だ、それに形態『この場合単なる形』が『南の街』よりぐつと写実への復帰を見てゐる歪んだ屋根は正しくなつたしタッチも歩調を揃へてきてゐるがこの事はどうでも良いのだ、僕に言はせれば現在の三十一番『カネーション』などの大家らしい絵は虫が好かぬ、大森氏の若さの為めにまた若い仲間の一人の助言としてどんなに歩調がしどろでも屋根がひんま
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