なこととは見のがすことは出来ない、それは希望氏の心の奥底にひそまれた愛情といふ風に解したい、世俗的な評価の中に、とやかく言はれ、とにかく人気を背負つてゐる希望氏とは別のところに、希望氏の人間的本質が発見されるのである。
 殺しにゆく人間も、殺される側にまはる人間も、希望氏に於ては、その人間的豊かさに於て表現されたことは、如何にも正統な表現といはざるを得ない、吾人は、希望氏のかゝる対象に対する深き愛情が今後の仕事のスケールの大きさと豊饒さと未来性とをもたらすであらうことを信じて疑はない。
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大森桃太郎氏の芸術
   旭ビル半折洋画展を観る

 大森桃太郎氏の作には一昨年の秋いまはすつかり昇天してしまつて影も見せない、旭川美術教会[#「教会」はママ]の特別出品の一人として拝見した、当時の『南の街』の大作から今度の旭ビル楼上の数点に遭遇してあまりに彼が彼のそつと蔵つて置くべき行李の底のボロ切れをひつぱり出してゐたのに吃驚《びつくり》した、早い話が三十番の『風景』こんな処に彷徨してゐるとは思はなかつたのだ、殊にこの『風景』は言語道断であり『お
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